21財団<産業情報山梨>誌10月号巻頭言原稿

 魔法使いの弟子

 

 スペインの大作曲家ファリャの作品に『魔法使いの弟子』があります.ファリャは管弦楽の達人,この曲はオーケストレーション効果のいたって高い名曲です.
 高名な魔法使いのところに入門したばかりの弟子がおりました.魔法使いの弟子になった以上一度でいいから魔法を使ってみたいと彼は夢見ておりました.しかし,先生は彼に魔法を使うことを堅く禁じていましたので使う機会がありません.
 ところがある日チャンスが到来しました.先生が,重要な会議に出席するために遠くへ出かけることになったのです.「私の留守中に家中をきれいに掃除しておきなさい」先生はそう言って出かけました.さあ,鬼の居ぬ間の洗濯です.掃除をするには水が必要.弟子は,箒に水を汲ませる魔法を知っていましたので,早速箒をとってきてこれに魔法をかけます.すると見事にかかって箒はバケツいっぱいの水を汲んできます.これを桶に入れ,また井戸へ行きます.2杯3杯とけなげに箒は水を運んできます.やがて桶はいっぱいになりました.魔法を解く段になりましたが,ここではじめて弟子はその呪文を知らないことに気付きました.
 さあ大変,箒はどんどん水を汲んできます.水は部屋に流れ出しました.困った弟子は石を投げつけました.二つに折れた箒は,二本になって水を汲み始めます.水は家中に満ち溢れ,魔法使いの弟子はとうとうおぼれ始めます.そこへ先生が帰ってきて,魔法使いの弟子は辛くも一命を取りとめました.
 この話,どこか公共事業と官僚機構の関係に似ていないでしょうか.政治家という魔法使いの弟子に魔法をかけられて,もう要らないというのに東京湾や瀬戸内海に何本も何本も橋を架ける.赤字だらけの地方空港をせっせと日本中に建設する.しかし,魔法使いの弟子は呪文を解く方法を知りません.ファリャの作品では,先生が帰ってきましたので事無きを得ましたが,この国には先生が居ません.こうして全国津々浦々に鉄橋と飛行場が溢れます.箒がまじめで優秀なだけに始末におえません.
 実は,ビッグバンとは,この国にかけられたこういう呪文を解放することです.そのために早く先生が現れること,これが焦眉の急なのです.

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