<自営無線ユーザ協会第
11回講演会(平成9年5月29日)より>山梨大学工学部電子情報工学科教授・総合情報処理センター長
伊 藤 洋
ご紹介いただきました山梨大学の伊藤洋でございます.こうして自営無線ユーザ協会の通常総会にお話をさせていただく機会を与えて下さいましてまことにありがとうございます.橋本会長さんをはじめ皆さんに厚くお礼を申し上げます.
ただいま郵政省田中征治電波部長のお話にありました電波のことでございますが,
さて,今の時代はネットワークの時代だといわれています.しかし,今までに作られてきたネットワークというのはそれぞれの目的をもってできている.つまり個々のネットワークが,それぞれ個々の存在理由と個々の存在の仕組みをもっているわけでありますが,そのネットワーク間を横に串刺ししながら新しいネットワークがつくれないだろうか,もっと大きなグローバル・インフォメーション・インフラストラクチャー,つまりGIIというようなものが構成できないだろうかということが叫ばれております.それを概念的にまとめましたのが,郵政省のシームレス通信技術研究会です.そこの研究成果を受けながら,そのテストベッドとしてCC21(中央コリドー高速通信実験プロジェクトCentral Corridor high speed Communications 21)というプロジェクトを,産学官のコンソーシアムをつくってやっていこうということでいま取り組んでいる最中でございます.今日お集まりのみなさんの中にも,このプロジェクトに大変協力して下さっている企業や個人がいらっしゃいます.
このプロジェクトの意図するところを簡単にご説明をいたしますと,
@シームレス通信技術の可能性の実証
Aマルチメディアの現実的場の形成
Bパラダイムの転換
C情報国土軸の形成
ということになります.
まず,@シームレス通信技術という概念を現実の場で確かめていくという技術的な面がございます.そして,Aそういうシームレスでグローバルなネットワークができたところで,マルチメディアの現実的な場をこの中に提供していこうということです.そして,B時代は「近代」という仕組みがようやく成熟して,いま大きな転換期に入っています.その近代というパラダイムを「情報化」という時代に向けて脱構築していく,そういうパラダイム転換の場としてこのプロジェクトを位置づけていこうではないか.
Cいま実験をやろうと思っておりますところは,東京から山梨−長野というような中央内陸圏を想定しています.その中央内陸圏は,ご存じのとおり山ばっかりという場所であります.それに対して,東海道メガロポリスであるとか,あるいは山陽道といったコリドーは完成した国土軸で,ここが物流を中心とした流れを形成している国土の主軸になっています.国土庁も五全総に向けて国土軸とか,連携軸とか,そういう表現で日本の軸を定義していますが,残念ながら中央内陸圏に関して軸らしい軸というものは未だ存在していないといっていいと思います.そういう中で,情報化時代によく整合する情報軸というものが形成できないか.つまり今までできた軸というのは街道でありまして,街道は車馬の往来,物流の往来という形で軸ができていくわけでありますが,それに対して情報の軸でつくった情報国土軸というものが形成できないかということを検証していこうということでございます.
ネットワークのシームレス化
それでは,シームレス通信とは何でしょうか.大変アバウトですが,下図のようなイメージで解釈していただければよいと思います.
上述のように,既存のネットワークとしてサービスネットワークがいくつもあるわけですね.例えばCATVがあります.CATVは本来テレビを放送する,つまり有線テレビ放送としてのネットワークとして生まれました.大学や企業ですとローカルエリアネットワーク,LANといったようなものがあるかもしれません.これはその組織が持っている目的のためにできあがっているローカルネットワークです.したがっておのずとそこでのネットワークの目的,あるいは行われているサービスコンテンツは限定されています.あるいは有線放送電話なんていうものもあります.また,防災行政無線といったようなサービスネットワークもあります.そのほかにまだまだいくつもありますし,その中に皆さんの自営無線もあるわけです.図では,例として四つばかり挙げてみました.
これらのネットワークはいま申し上げましたように,それぞれ本来の目的に沿って構築されているわけですから,その中で使われているサービスコンテンツや通信プロトコルも,その固有のサービスをサポートする体系になっています.
そこへいま国をあげて,2010年にファイバー・ツー・ザ・ホーム(FTTH)を構築するという構想が叫ばれておりますが,FTTHを実現するためにその先触れとして既存のネットワークを活用しながらマルチメディア技術を発展させたいと考えています.そこで,既存のネットワークを何とかうまく串刺しして有効に使えないか.たとえばCATVを考えますと,当初はほとんど同軸ケーブルでしたが,最近は光ファイバーを使った双方向CATVがどんどんできていますね.それが後で述べますように大変なサービス容量(通信容量)をもっています.だから,これをたんにテレビ再送信や難視聴対策というだけで使うだけではもったいないということになります.
事ほどさようでございまして,これらのネットワークがそれぞれ孤立して存在しているというのはもったいない.CATVを例にしますと,ここにIEEE802.14というようなプロトコルが世界標準として提案されています.また,有線放送電話などもペアケーブルで敷設してあるわけで,せいぜいアナログ3kHzの音声帯域伝送と思われていますが,ここにADSLという規格を載せると,これが10Mbps程度の高速デジタルネットワークに化けるらしいというようなことがわかってまいりました.このADSLもANSIを中心に標準化作業を進めていて,すでに実用の域に達しているという状況です.つまり,これらの既存のネットワークが新しい化け方をするような形の国際標準規格が次々と提案されてきているのです.
そこで我が国としてはこういう既存のネットワークをシームレスに接続していこうではないか,これが郵政省のシームレス通信技術研究会の発想でございます.つまり,シームレス通信とは,異なったサービスを,あるいは異なったプロトコル体系をもっているネットワーク間を一元的に結ぶということです.異種サービスネットワークを結ぶというのは,これが大量にあるわけですから,それぞれを結びあわせるとしますと,いわゆる完全網を作らなくてはならないですね.全ての網から任意に2つを選んで,結びあわせていくのですから,これは言うべくしてお金がかかり過ぎて駄目です.
そこでシームレス通信という概念のキーポイントは,実は前図に示しましたように,中心にコアとなるべきバックボーンネットワークをおき,これを非常に速い大容量のネットワークとして構築する.全ての網は原則としてここにATMスイッチを介して接続することでスケーラビリティ(拡張性)を高く確保することができます.各ネットワーク固有のプロトコルやアプリケーションや通信品質,網管理といった項目は,ATMスイッチと共にコンバータというネットワークノードインターフェース(NNI)を併設して拡張されたゲートウェイ機能を提供していくことでシームレス化を図っていこうというわけです.こうして,人々は自分固有のホストを使い,自分が所属するネットワークから,世界中のいかなるネットワークに所属する固有の宛先ホストを使うユーザに対してもシームレスに情報通信が可能になりますから,ワンネットワークアクセスが可能になるというわけです.現在では,電話は電話,ファクシミリはファクシミリ,テレビはテレビというように異なるネットワークかまたは異なるホストマシンによって通信しているのですが,シームレス通信というコンセプトには,異なる情報通信サービス間をシームレスにつなぐということが概念として取り込まれております.CCC21では,現在バックボーンネットワークの構築とATMスイッチの配置,ゲートウェイに課せられるべき技術要件を精力的に検討しております.
今の段階で技術的な話はこれだけですけれども,これを現実に構築しようとしますと大変な技術的問題をもっております.またそういう技術的な課題を抱えているということが,次なる技術的ターゲットを形成いたしますので,新技術開発の圃場となる,そのこともまたこういう構想の一つの歴史的な意義ということになるわけであります.
サービスのシームレス化
たとえば電話からインターネットのコンピューター,パソコンに電話をつなぐとすれば,TCP/IPというプロトコルで動いているインターネットと,電話のプロトコルで動作している電話,その間に音声と文字テキストの変換をしてやらなければいけないというようなことが起こります.当然,ネットワークによって速度が違いますので,その速度の変換もしてやらないと通信ができません.網全体が非常に膨大なものになりますので,その網の統合管理技術も非常に重要なものになってまいります.そして,そういう中でそれぞれの端末が担っているアプリケーションを,網の相違を超えて,まさにインターネットワークの中でシームレス化していかなければいけない.つまりサービスのシームレス化ということも確立していかなければならない難解な技術的問題をもっているわけです.
ここでは非常に高速な網を考えておりますので,まずは物理網の超高速化技術,そのためにたとえば光ソリトンファイバー・波長多重光ファイバなどの超広帯域伝送路の開発や超高速ATMスイッチ技術開発,ATM/STM変換技術など,ここに盛られている研究開発テーマというのは実は膨大な量と質を抱えているわけであります.こういうものの実験を通して問題点を洗い出していく.そしてその中で新しい技術を確立していくということ,それからシームレス通信という技術概念そのものが新しい概念ですので,ここでは当然今までのようなプロトコル体系とは異なる,シームレス通信としてのネットワーク層,あるいはトランスポート層のプロトコル体系というものを構築しなくてはなりません.いままでのところ残念ながら,コンピュータネットワークの国際標準化はアメリカが中心になってIEEEやANSIなどで提案されてきまして,日本は正直のところあまり貢献してこなかったのですが,ここで初めてわれわれ日本人として新しい国際的な提案ができるかもしれないという期待もあるわけであります.
クライアントのシームレス化
先ほど私は,ワンネットワークアクセスということを言いました.つまり,人々は自分が所属しているネットワーク,CATVやLANや有線放送電話や公衆網など,どれでもいいのですが自分が加入しているネットワークから,自分自身も含めて宛先ノードのネットワークの種類を意識すること無く情報を伝送できることがワンネットワークアクセスということです.この仕組みが世界中に向って接続されれば,これは世界人類の人種を超えたグローバルなシームレス化といっていいでしょう.自分が所属しているネットワークが音声を主体とするネットワークである場合,テキストで送られてきた情報が音声に変換されて伝えられるのであれば,こういう仕組みをメディア変換といいますが,メディア変換サービスも重要なシームレス概念です.そしてそういうことが可能であれば,これは耳の聞えない人と目の見えない人を結合する障害者のシームレス化,社会的弱者と健常者を結ぶシームレス化ということにつながります.更に言えば,メディアの変換は言語という人類にとって有益なコミュニケーション手段でありながら,異言語間における文化差異性を殊更に強調する障壁でもあるものを,シームレス化するという意味で,これはマルチメディアの正当な定義につながる概念でもあるのです.マルチメディアは,単に言語,音声,テキスト,画像,動画を混合した媒体などいう単純な定義ではなく,人類が操る普遍的な記号体系を介して行う総合的メディア,異文化を共有し人類が開闢以来始めて共生を果たすコミュニケーション媒体として定義されるべきものとなるのではないでしょうか.この意味で,シームレス通信には,クライアント間の文化バリアを開放する概念も込められているものと考えることができます.
つぎに,それにしてもなぜ東京・山梨・長野を結ぶ中央コリドーなのだという疑問が出てくると思います.上図は,中央コリドー沿線にあります防災行政無線の例をとったものです.長野も山梨も大変防災行政無線が発達しております.中に小さな数字が書いてありますが,これがメガビット数です.速いところで19メガというような数字が見えますが,遅いところでも3メガビットぐらいの速さをもっている.そこでここに全体として太い線のバックボーン,つまり先ほどのコアネットワークを東京からとりあえず長野まで接続しようというわけです.
そして地域網としては,これは一例でありますけれど,防災行政無線網を地域のアクセス網として活用できないだろうかと考えます.防災行政無線というのは,本来は防災無線で,防災用に使うということでした.それが後に少し拡張されて行政がくっついて防災行政無線となっておりますけれど,防災と行政以外に使うということではない目的でつくられた網であります.つまり規制の中にある網です.ぜひこういう規制は緩和していただいて,こういう網の秩序ある効率的な使い方というものを確立してほしいと思います.
図には,東京都は書き込んでありませんが,東京都ももちろんマイクロ波回線をもっていますし,他にも多様なネットワークを構築してあり,ここに書き込んだら中が全部真っ黒になってしまいますので省略しています.
上の図にCATV網を示します.山梨,長野はCATVの先進地域です.ここでは,東京タワーの電波が山に遮られてしまって届かないということで,TV難視聴地域としてCATVが発達いたしました.現在,山梨県のCATVの普及率は,視聴世帯数で72%,アメリカの全国平均が65%ですので,アメリカを超える普及率になっています.ちなみに日本は,たぶん全国平均は10%台ではないかと思います.長野も60%台の普及率を示しています.
というわけでこの二つの県は大変なCATVの発達県です.なぜこうなったかというと,先ほども申し上げましたように難視聴だということ,しかし距離はそう遠くはないので東京の電波がかすかに取れる場所がある.山の高いところに行けば東京の電波が傍受できるものですから,それをCATVで再送信できるわけです.これがもっと離れた東北地方とか山陰地方に行きますと,もはや東京の電波が届きませんので,別の中心から取らなければならないわけですが,別の中心は東京よりも小さい中心ですのでCATVは発達しなかったということだとおもいます.
このCATVが,先程来申し上げましたように,IEEE802.14というプロトコルでいいますと,アナログ1チャネル6MHzのバンド幅あたり,下りは30Mbps,上り2Mbpsぐらいのディジタル伝送帯域がとれます.仮にアナログ4チャネル分の帯域を確保すれば120Mbps/8Mbpsのマルチメディアに十分な帯域が確保できます.CATV業者としては工事をするときにまさか光ファイバー1本だけ工事することはありません,複数敷設したでしょうから,大容量の地域ユーザアクセス網がすでにこの地域には完備していることになります.
マルチメディアの現実的なフィールドの場としてのCCC21という位置づけをいたしました.それを国のプロジェクトである2010年FTTH構想への橋渡しとしたいと思います.ファイバー・ツー・ザ・ホームでありますけど,各家庭まで光ファイバーをつなぐには,おそらく40〜50兆円の投資が必要になります.これは,民間企業NTT一社で実現できるという代物ではないと思います.2010年までにやると言っても,今の日本のメディア状況ではその必要性自体が存在しない,つまりマルチメディアは言うべくして現実のものになっていないわけですから,仮に光ファイバーを2010年につないでも,それでファクリミリを伝送するとか電話でお話をするとかいうことであって,そんなことならただカッパーケーブルを光ファイバーに換えただけの話ですから,商売にはならないということになるわけです.そこに至る前にマルチメディアリテラシーを人々に与えておかなければだめだということです.そこでこのシームレス通信技術研究会とCCC21という関係は,冒頭に申し上げましたように,研究会の技術的な検討課題を現実の場に落とすデストベッドという定義で協議会を形成しているわけでございます.だから,現実のネットワークに合わせた機器の開発,ルータやATMスイッチ,ゲートウェイ,ケーブルモデム等々の開発が具体的なテーマになります.そしてCATVのような網を使って,普段着の生活の中でマルチメディアリテラシーを涵養していく場としたいと考えています.先程来申し上げてきたことですが,プロトコルの開発,標準化の提案ということが,おそらく日本としてはじめて大々的にかつ先行的にできる場になるはずだと思います.そういう形で国際的な貢献・歴史的な寄与を図っていこうということであります.
次に,ベンチャー企業のインキュベーター機能といったようなものもこういう中でつくれないだろうか.ホームオフィス,あるいはスモールオフィス(SOHO)の端末開発.テレワークの場としてのスモールオフィスの端末はどうあるべきか,あるいはホームリンクはどういう形態が適切かいうこともここで考えていこうというので,委員会を三つ作って,その下に分科会を22も設置して精力的に活動を始めております.
今の時代はどういう時代なのかということを考えてみましょう.先ほど申し上げましたように,現代という時代は,近代のパラダイムがすでにシステム疲労を起こしている時代です.なにもかもくたびれちゃったというのが,今日のわれわれの姿ではないかと思うんですね.近代を選びとって,日本ですと明治近代ですけれど,それから約
130年を経過してどうやら成熟という,当然来るべき時代位相を迎えてしまったわけです.近代というパラダイムは,周縁から中心に向かって人を集める時代でありました.特に工業化社会というのは人口集中を基本原理としてきたわけですね.農村人口,第一次産業の人口をいかに減らして,二次産業へ人を移すかということが,明治以来の産業政策の中心であったわけです.そういうことで東北や九州から人々が大阪や東京という中心に向かってなだれ込んでくる.なだれ込んできて,二次産業がそこの臨海部で発達する.そして住宅街としての大都市の中で第三次産業が生まれ,今日まできたわけです.
それがどうやら停滞に入ってしまう.われわれはモノを生産して,そしてそれを消費するという,大量生産と大量消費という近代がもっていたパラダイム,それを確立していくことだったわけであります.マルクス流に言えば,大量生産をすれば必ず市場を求めて資本同士がぶつかりあって,そして戦争を起こすか,そうでなければ大恐慌を迎えるというわけで生産と消費すら実はうまくいかないのだと言われていましたが,実際はそうはならなかった.うまいこと消費を継続する仕組み,人間の欲望に訴えて消費を維持させるという仕組みをつくったからです.これがテレビや新聞のコマーシャル広告という世界で実現したわけです.わけても,当社比何%増というコマーシャルは,確実な進歩と商品の陳腐化を印象づけることで,大量生産と大量消費の構造を強化してくれました.
それが今後も継続できるのかというと,どっこいそうはいかない.上流にある資源の枯渇と消費の後にくる大量廃棄という問題にぶつかってしまっているからです.つまり,近代は大量生産と大量消費で成功したのですけれども,その成功の結果として資源の枯渇と大量廃棄という外縁の問題に逢着してしまったわけです.そういう時代になってまいりますと,今まで周縁から中心に向かって流れる流れ方から,おそらく中心から周縁に向かって流れる流れ方に変わってくるのではないかと思うんですね.その傾向はアメリカではすでにはっきり現れていました.アメリカの中心といいますとデトロイトやピッツバーグの鉄であったり自動車であったりしたわけですが,やがて産業も文化も東から西海岸に移っていく.そして
80年代でいえばサンフランシスコのベイを中心とした地域に移ってまいりました.それも今ではシアトルあたりの周縁地域に移っているわけですね.ロッキーマウンテンに移っている.シアトルからウィンドウス95で世界を支配している男もいるわけです.アメリカの場合を振り返ってみますと,
1970年代の末,つまりベトナム戦争で一敗地にまみれた頃,アメリカの全米ヒットチャートのトップに出たのがジョン・デンバーの「カントリーロード」でした.田舎に帰ろうという歌です.アメリカ人はあのときに都会から田舎に帰ったんだと思うんですけれど,日本人はまだその後バブルなんかやっていて,盛んに集中をやっていたわけです.アメリカ人の方がいち早く田舎に帰っていたんですね.田舎に帰って田舎で世界をつくり始めているのがアメリカの産業であり文化だと思います.その中心がアメリカのソフトウェア産業,情報通信産業であり,つづめて言えばパラダイムの情報化だったのだろうと思います.そういう意味で日本はそれから
15年遅れてしまって,いまそういう時代を迎えようとしているのではないかと思います.そういう傾向は確かに見えているように思います.そうであれば,今まで盛んに叫ばれてきたテレワーキングということが現実の問題として起こりえるのではないか.日本の産業化を推進してきた大企業を中心とした,特に重厚長大を中心としてきた産業は,もはやこの次の世界を,この次の日本を支えていくには力量不足で,それそのものはすでに空洞化という形で東アジア,または東南アジアに移っているわけですから,当然その意味でも日本は中心から周縁に向かう「遡及する時代」に入らなければやっていけないはずです.そうであればテレワーキングというのは現実のものとして存在しえるのではないかと思います.そういうものとして実験の場の中でのテレワーキングという仕組みはどうつくればいいかということも大きな研究テーマの一つであります.そして情報であります.全体のプロジェクトのテーマは情報です.情報といえば情報とは何かということが問題になります.情報というのは広辞苑を引きますと,「ある事柄についての知らせ」と書いてあります.情報とは勉強によって得られる知識だというわけですね.小学校に入って教科書を習うというのは,あれは情報です.いわゆる知識情報ですね.ある事柄についての知らせです.それによって近代国家の国民として共有すべき文化コードの辞書と文法を身につけることでありました.学校の入試や試験は,卒業後の社会人として必須な基本的辞書と文法の所有を試すために課すものですが,社会が変っても同じ問題を課しているところに今日の教育荒廃の主原因があります.情報の第二の定義として,大学の情報学科で勉強する定義ですが,「不確実な時代に対処するために必要となる要素」という情報です.不確実な事態が発生して右に行くべきか,左に行くべきかという選択をするときに,必要となる情報ですから,「行動指針情報」です.多くの場合,情報というのはこちらを指すのだろうと思います.
しかし,先程来申し上げてきたように,近代が資源と廃棄という問題に逢着しはじめると,第三の情報の定義が必要になってきます.これが「美的情報」.情報とは美であるという美しさの情報に変わりはじめてくるはずだと私は思っています.それを称してマルチメディアと呼ぶんだろうと思います.つまりマルチメディア社会というのは人間の大脳の持っている,あるいは人間の大脳によって支配される人間がもっている個性,人間固有の機能といいましょうか性能といいましょうか,つまりホモルーデンスと定義されるような動物,端的にいいますと遊びの動物・人間,それが生きていく生きざまとして美的情報の世界に移っていくのではないか.これは資源と廃棄にぶつからないで済む世界ということだろうと思います.
マズローという人がおります.人間には欲求があって
,それが発達段階に応じて五つに分けられるということを言っています.その第五の欲求を定義して,それが「自己実現」だということをいっています.マズローの欲求の一番原始的な欲求は「生存の欲求」であります.確かにそのとおりで,人間は原始時代でしたら生きることだけで精一杯で,狩猟をしていたころのわれらの先祖というのは生きることに精一杯でありましたから,生きるために食うという生き方をしていたことでしょう.それがだんだん豊かになっていく.そうすると最後に衣食足って礼節を知る世界になってきた.その結果人々は幸福になったのかというと決してそうではない.いちばん悩ましい問題「自己実現」に逢着してしまいます.実は2〜3日前にある業者,移動体通信の業者ですけれど,街の中に電波塔を建てる計画を発表したら,周辺の住民たちが集まってそんなものをやると長い間にガンになるというので,外科の先生を呼んでガンになる講演を聞き反対運動を始めたというんですね.これはえらいことだ,なんとかなりませんかというわけで相談に見えました.これはなかなかなんとかならないんですね.といいますのはこれは電磁気学の問題ではなくて,心理学の問題であり,わけても社会心理・集団心理の問題なんですね.物質的豊かさの中で自己実現を希求する人間集団の悩みとかかわっているのだと私は考えています.じつは電波は,エネルギーのかたまりとしていえば
1/2(ε0E2+μ0H2)で,その値は極めて小さいので熱的な効果以外にはありません.これが紫外線とかX線でしたらhνとして1粒1粒のエネルギーパーティクルとしてのエナジーが高いので,細胞や遺伝子レベルでの破壊が起こりますけれども,電波というのは周波数が非常に低いので,hνというかたまりでは生体には何にも影響しません.そういう意味では,大電力で発熱させない限り殺菌作用すらもないし,あまり衛生面では役に立たないものです.件の業者は,人体に影響するのは熱的効果だけですが,当社の電波は-70dbmしかありませんから全く無害ですというような説明をしているというのですが,それは大変立派な説明で,物理学的には正しいのですけれども,住民を納得させるのは難しい.非論理的,非科学的な思考にぶつかってしまっているのですから.オウム真理教がこの時代に存在したということをもってみれば,少しも反対住民を非難することにはならないということだろうと思います.
話がそれてしまいましたが,CCC21の実験場は,東京−山梨−長野というところでございます.新しい時代が草原で生まれるのは中国5,000年の歴史がそうでありました.実は日本だってそうです.明治という近代を選びとったのは中心に居た江戸っ子でも何でもない.江戸っ子なんぞは,ただ討幕隊が上野のお山に陣をしいた時オロオロしていただけです.明治近代をつくったのは薩摩の「芋侍」と今放映中のNHK大型時代劇の主人公毛利元就の子孫たち,それに土佐の下級武士たち.そういう人たちが日本の新時代をつくったのであって,決して江戸でも京都でもないんですね.つまり草原で新時代は生まれるということです.
この地域は,実は産業創造の歴史ということでいえば,たとえば諏訪を見ますと,諏訪は日本の近代を支えた「いとへん」をつくった地域ですし,その「いとへん」がだめになってきますと,精密工業に変わっていくということで,大変先進的な産業を形成していった場所です.みなさんの中には電力業界の方が,橋本会長をはじめ大勢おられると思いますが,電気というのは,今では動力用のエネルギーとして主に使っておりますが,そもそもの始まりは灯かりとして使ったのです.灯かりとしての電気ということでいいますと,日本の灯かりは,山梨県の猿橋の駒橋発電所で初めに生まれた,あるい関西でいいますと,関西電力の始まりであります琵琶湖疎水からですね.関西の方は別ですが,関東の方の,つまり東京電灯の方は甲州財閥でつくったものです.若尾逸平の東京電灯の灯かりと,阪急電鉄は小林一三がつくった乗り物.この人も甲州人です.つまり,明治近代は灯かりと乗り物だったのですが,この二つの地域の人間は新しい時代をつくるときに,妙にコミットしていく癖があります.これに大いに期待したいと思います.
基幹網は622Mbps以上の高速網,できれば2.4Gbpsぐらいを実験では最終的に確保していきたいと考えています.東京電力と中部電力,TTネットとCTCというコリドー域内の地域NCCのご支援をいただいております.この場を借りて心から感謝申し上げたいと思います.北陸電力等にもご協力いただいて,長野から先の北陸に向かうコリドーができれば,ネットワークはそれで完了します.日本海までつなげて,そこで成果を挙げたのちに,5年後にはそれを全国網に展開したいというのが,この協議会の最終的な目標でございます.
ノードは先程来申し上げましたように,ATMで構成いたします.ATMはまだ技術的に完成しておりませんので,ただいま現在は大学等のLANで使われる程度でございまして,なかなか安定というわけにいきません.その実績に則ってATMスイッチとしてはPVC(パーマネント・バーチャル・コネクション)で結んでいき,実験の途中からSVC(スイッチドバーチャルコネクション)にも挑戦してまいります.そういうことで,この網は非常にスケーラビリティ・拡張性の高い網でつくられます.
地域網としては,防災行政無線が一つの主要な地域幹線網であります.そのほかにできれば電力会社等にご協力いただいて,もしあまり使っていないというようなところがあれば光ファイバのご支援をいただければありがたい.それに宇宙通信網や高速無線アクセス網をつくりたい.高速無線につきましては,とりあえずは0.5Mbpsから2Mbpsぐらいの高速ディジタル無線ATM網を考える.市町村防災の資源をディジタル化して,それをブリッジ回線として活用できないかと私は考えています.
加入者アクセス網についてみましょう.加入者網としては公衆網や既存の
LANを除けば,CATVと有線放送電話です.CATVは前述しましたが,有線放送電話についてもADSLが使えます.ADSL方式は,速度は非対称ですが全二重,下り線で6Mbpsの伝送帯域が取れます.これに移動体通信を加えて加入者系のネットワークと考えております.それをマンガ風に画きますと上の図のようになります.中央コリドー高速通信実験プロジェクトにとって,アプリケーションコンテンツが極めて重要であることは論を俟ちません.それについてお話したいのですが既に時間がありません.またの機会があればそれについてゆっくりご説明したと思いますが,ここではさわりだけをご説明させて頂いてしめくくりとしたいと思います.情報通信関係の技術的コンテンツについは既に述べましたので省略して,他に大きく分けて医療保健系,社会教育系,産業系,行政系などのコンテンツを構想しています.医療保険系ではテレパソロジーや在宅介護支援,住民検診などをこのネットワークの中で実現する計画です.社会教育系ではサテライトスクールやバーチャルラボ実験,院内学校など特定の学校教材配信など,産業系では電子決済,CALS,工場間・異企業間生産ネットワーク,農業分野の産直や病虫害情報など数多くのアプリケーションを想定しています.
皆さんにぜひこれを機にCCC21協議会にご加入いただきたいとこの場を借りてお勧め致します.これは新しい日本をつくるという運動です.情報化というのは,情報通信をやることばかりが情報化ではなくて,この国のパラダイムを情報化するということが情報化であります.そういう意味でこの運動は新時代をつくる運動であり志だというふうにご理解いただいて,ぜひご加入いただければと思います.時間が無くて,尻切れとんぼになってしまいましたが,最後まで熱心にお聴き頂きました.ご清聴ありがとうございました.