方丈記

(第三段)

bo24_02.gif (163 バイト)第二段 bo24_01.gif (163 バイト)第四段

目次

現代語訳


 が身、父方の祖母の家をつたへて、久しくかの所に住む*。其後、縁かけて*、身おとろへ、しのぶかたがたしげかりしかど*、つひに 屋とヾむる事を得ず*。三十あまりにして、更にわが心と、一の菴をむすぶ*是をありしすまひ*にならぶるに、十分が一也。居屋ばかりをかまへて、はかばかしく屋をつくるに及ばず*。わづかに築地を築けりといへども、門を建つるたづきなし*。竹を柱として車をやどせり*。雪降り、風吹くごとに、あやふからずしもあらず。所、河原近ければ、水難も深く、白波のおそれもさわがし*

 べて、あられぬ世を念じ過しつゝ*、心をなやませる事、三十余年也。其間、をりをりのたがひめ*、おのづからみじかき運をさとりぬ。すなはち、五十の春を迎へて、家を出で、世を背けり。もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。身に官禄あらず、何に付けてか執を留めん。むなしく大原山の雲にふして*、又五かへりの春秋をなん経にけ る。

 ゝに、六十の露消えがたに及びて、更に、末葉の宿りを結べる事あり*。いはゞ、旅人の一夜の宿をつくり、老たる蚕の繭を営むがごとし。是を中ごろのすみかにならぶれば、又、百分が一に及ばず。とかくいふほどに、齢は歳々にたかく、栖はをりをりにせばし。その家のありさま、よのつねにも似ず。広さはわづかに方丈*、高さは七尺がうちなり。所を思ひ定めざるがゆゑに、地を占めてつくらず*。土居を組み、うちおほひを葺きて、継目ごとにかけがねを掛けたり*。若、心にかなはぬ事あらば、やすくほかへ移さむがためなり。その、あらためつくる事、いくばくのわづらひかある*。積むところわづかに二両*、車の力を報ふほかには、さらに他の用途いらず*

 ま、日野山の奥に跡をかくしてのち*、東に三尺余の庇をさして、柴折りくぶるよすがとす。南、竹の簀子を敷き、その西に閼伽棚をつくり*、北によせて障子をへだてて、阿弥陀の絵像を安置し、そばに普賢をかき、まへに法花経をおけり。東のきはに蕨のほどろを敷きて*、夜の床とす。西南に竹のつり棚を構へて、黒き皮篭三合をおけり*。すなはち、和歌・管絃・往生要集ごときの抄物を入れたり。かたはらに琴・琵琶おのおの一張をたつ。いはゆる、をり琴・つぎ琵琶これ也*。かりのいほりのありやう、かくの事し 。

 の所のさまをいはば、南にかけひあり。岩を立てて、水をためたり。林の木ちかければ、つま木をひろふに乏しからず*。名をと山といふ*。まさきのかづら、あと埋めり。谷しげけれど、西はれたり。観念のたより、なきしにもあらず*

 春は藤波を見る。紫雲のごとくして、西方に匂ふ。夏は郭公を聞く。語らふごとに、死出の山路を契る*。秋はひぐらしの声、耳に満り。うつせみの世をかなしむほど聞こゆ。冬は雪をあはれぶ。積り消ゆるさま、罪障にたとへつべし*。若、念仏物うく、読経まめならぬ時は、みづから休み、身づからおこたる。さまたぐる人もなく、また、恥づべき人もなし。ことさらに無言をせざれども、独り居れば、口業ををさめつべし。必ず禁戒を守るとしもなくとも、境界なければ何につけてかやぶらん*若、あとの白波にこの身を寄する朝には*、岡の屋にゆきかふ船をながめて、満沙弥が風情を盗み、もし桂の風、葉を鳴らす夕には尋陽のえを思ひやりて*、源都督のおこなひをならふ*。若、余興あれば、しばしば松のひゞきに秋風楽をたぐへ*、水のおとに流泉の曲をあやつる*。芸はこれつたなけれども、人の耳をよろこばしめむとにはあらず。ひとりしらべ、ひとり詠じて、みづから情をやしなふばかりなり 。

 、ふもとに一の柴のいほりあり。すなはち、この山守が居る所なり。かしこに小童あり。ときどき来たりてあひとぶらふ。若、つれづれなる時は、これを友として遊行す。かれは十歳、これは六十、そのよはひ、ことのほかなれど、心をなぐさむること、これ同じ。或は茅花を抜き*、岩梨をとり*、零余子をもり*、芹をつむ。或はすそわの田居にいたりて*、落穂を拾ひて穂組をつくる 。若、うらゝかなれば、峰によぢのぼりて、はるかにふるさとの空をのぞみ、木幡山・伏見の里・鳥羽・羽束師*を見る。勝地は主なければ、心をなぐさむるにさはりなし*。歩みわづらひなく、心遠くいたるときは、これより峰つゞき、炭山をこえ、笠取を過ぎて、或は石間にまうで、或は石山ををがむ*。若はまた、粟津の原を分けつゝ、蝉歌の翁があとをとぶらひ*、田上河をわたりて*、猿丸大夫が墓をたづぬ*。かへるさには、をりにつけつゝ、桜を狩り、紅葉をもとめ、わらびを折り、木の実をひろひて、かつは仏にたてまつり、かつは家づととす 。若、夜しづかなれば、窓の月に故人をしのび、猿のこゑに袖をうるほす。くさむらの蛍は、遠く槙の 島のかゞり火にまがひ*、あか月の雨は、おのづから木の葉吹くあらしに似たり*。山鳥のほろと鳴くを聞きても、父か母かとうたがひ*、峰の鹿の近く馴れたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る*。或はまた、埋み火をかきおこして、老のねざめの友とす。おそろしき山ならねば、ふくろふの声をあはれむにつけても、山中の景気、をりにつけて、尽くる事なし*。いはむや、深く思ひ、深く知らむ人のためには、これにしも限るべからず*

 

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