その中に、或る武者のひとり子の六七ばかりに侍りしが、築地のおほひの下に小家を作りて*、はかなげなるあどなし事をして遊び侍りしが*、俄にくづれ、埋められて、跡形なく、平にうちひさがれて*、二つの目など、一寸ばかりづつうち出されたるを、父母かかへて、声を惜しまず悲しみあひて侍りしこそ、哀れに悲しく見侍りしか。子の悲しみには、猛きものも恥を忘れけりと覚えて、いとほしくことわりなりかなとぞ見侍りし*。
築地のおほひの下に小家を作りて:瓦で葺いた本格的な土塀だが、避難用のバラックをその下に作って住んでいたのかもしれない。
はかなげなるあどなし事をして遊び侍りしが:「あどなしごと」はあどけないこと。子供らしいあどけない事をして遊んでいたところ。
平にうちひさがれて:ぺしゃんこに押しつぶされてしまった、の意。
いとほしくことわりなりかなとぞ見侍りし:(その子の父母が悲しむ様子は)見ていて気の毒であり、(武者だというのに人前で手放しで悲しんでいるのも)まことにもっともであると思ったものだ。
こういう惨憺たる状況の中で、ある武士の6、7歳ほどの子供が、土塀の瓦屋根の下に作った小さな家のなかで、あどけない遊びをしていたところ、急にこれが崩れて、その下敷きとなり、ぺしゃんこに押しつぶされ、両の目が一寸ほど飛び出して死んでしまったのを、父母がその子を抱えて大声で泣いているのを、悲しい思いで見た。
わが子の悲しみは、武者のような荒々しい人でも、恥と思わず人前で泣くのだが、実に気の毒であり、その悲しみはもっともなことだと思ったものである。