はせを
名月に麓の霧や田のくもり
ことしは伊賀の山中にして、名月の夜この
二句をなし出して、いづれか是、いづれか
非ならんと侍しに、此間わかつべからず。
月をまつ高根の雲ははれにけりこゝろある
べき初時雨かなと、圓位ほうしのたどり申
されし麓は、霧横り水ながれて、平田(し
ょうしょう)と曇りたるは、老杜が唯雲水
のみなり、といへるにもかなへるなるべし。
その次の棉ばたけは、言葉麁にして心はな
やかなり。いはヾ今のこのむ所の一筋に便
あらん。月のかつらのみやはなるひかりを
花とちらす斗に、とおもひやりたれば、花
に清香あり月に陰ありて、是も詩哥の間を
もれず。しからば前は寂寞をむねとし、後
は風興をもつぱらにす、吾こゝろ何ぞ是非
をはかる事をなさむ。たヾ後の人なをある
べし。
支考評
名月の海より冷る田簔かな 洒堂
名月や長屋の陰を人の行 闇指
名月や更科よりのとまり客 凉葉
名月や灰吹捨る陰もなし 不玉
中切の梨に氣のつく月見哉 配力
名月や草のくらみに白き花 左柳
明月や遠見の松に人もなし 圃水
明月や寐ぬ處には門しめず 風国
明月にかくれし星の哀なり 泥芹
いせの山田にありて、かりの庵をおもひ立
けるに
二見まで庵地たづぬる月見哉 支考
芥子蒔と畑まで行む月見哉 空牙
名月や里のにほひの青手柴 木枝
場に居て月見ながらや莚機 利合
明月や聲かしましき女中方 丹楓
明月や何もひろはず夜の道 野萩
飛入の客に手をうつ月見哉 正秀
淀川のほとりに日をくらして
舟引の道かたよけて月見哉 丈草
待宵の月に床しや定飛脚 景桃
家に三老女といふ事あり。亡父将監が秘し
てつたへ侍しをおもひ出て
姨捨を闇にのぼるやけふの月 沾圃
月影や海の音聞長廊下 牧童
深川の末、五本松といふ所に船をさして
川上とこの川しもや月の友 芭蕉
更行や水田の上のあまの河 維然
星合を見置て語れ朝がらす 凉葉
朝風や薫姫の團もち 乙州
秋たつや中に吹るゝ雲の峯 左次
女郎花ねびぬ馬骨の姿哉 濁子
一筋は花野にちかし畑道 烏栗
弓固とる比なれば藤ばかま 支浪
贈芭蕉庵
百合は過芙蓉を語る命かな 風麥
鶏頭の散る事しらぬ日數哉 至暁
蔦の葉や残らず動く秋の風 荷兮
山人の昼寐をしばれ蔦かづら 加賀山中桃妖
朝顔の莟かぞへむ薄月夜 田上尼
朝貌にしほれし人や鬢帽子 其角
きぼうしの傍に經よむいとヾかな 女可南
竈馬や顔に飛つくふくろ棚 北枝
みの虫や形に似合し月の影 杜若
蜻蛉や何の味ある竿の先 探丸
蟷螂の腹をひやすか石の上 蔦雫
粟の穂を見あぐる時や啼鶉 支考
雀子の髭も黒むや秋の風 式之
独いて留守ものすごし稲の殿 少年一東
稲妻や雲にへりとる海の上 宗比
明ぼのや稲づま戻る雲の端 土芳
團栗の落て飛けり石ぼとけ 為有
炭焼に澁柿たのむ便かな 玄虎
はつ茸や塩にも漬ず一盛 沾圃
伊賀の山中に阿叟の閑居を訪らひて
松茸や都にちかき山の形 維然
後屋の塀にすれたり村紅葉 北鯤
尻すぼに夜明の鹿や風の音 風睡
いせの斗從に山家をとはれて
蕎麥はまだ花でもてなす山路かな 芭蕉
山雀のどこやらに啼霜の稲 斗從
大師河原にあそびて
樽次といふものゝ孫に逢ひて
そのつるや西瓜上戸の花の種 沾圃
翁草二百十日恙なし 蔦雫
煮木綿の雫に寒し菊の花 支考
題画屏
むかばきやかゝる山路の菊の露 丌□峯
廣沢や背負ふて帰る秋の暮 野水
行秋を鼓弓の糸の恨かな 乙州
粟がらの小家作らむ松の中 團友
残る蚊や忘れ時出る秋の雨 四友
更る夜や稲こく家の笑聲 万乎
柿の葉に焼みそ盛らん薄箸 桑門宗波
本間主馬が宅に、骸骨どもの笛鼓をかま
へて能する處を畫て、舞臺の壁にかけた
り。まことに生前のたはぶれなどは、こ
のあそびに殊らんや。かの髑髏を枕とし
て、終に夢うつゝをわかたざるも、只こ
の生前をしめさるゝものなり。
稲妻やかおほのところが薄の穂 芭蕉