芭蕉は、『奥の細道』を終えるとそのまま上方にとどまった。この期間は、芭蕉一世一代の充実期であった。『幻住庵の記』、『嵯峨日記』、そして『猿蓑』である。
『猿蓑』は、凡兆と去来の編集ということになっているが、芭蕉自身、元禄4年4月18日から5月4日まで京都嵯峨野の去来の別邸落柿舎に滞在して編集の指揮を執り、その後、居を凡兆宅に移して5月末まで継続し、その頃までにほゞ完成を見たもののようである。出版は、同年7月3日であった。
全体は二冊からなり、乾(巻一〜四)、および坤(巻五〜六)からなり、乾については、巻頭に芭蕉句「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」を、巻末に同じく「行春を近江の人とおしみける」を置き、しかも収録作品すべてが純粋に芭蕉一門でできている。圧倒的な蕉門俳諧をここに展覧して見せているのである。芭蕉にとって、なみなみならぬ自信をこめた作品ということができる。また、坤は「四歌仙」と「幻住庵記」とからなり、これも身内で固めた作品集である。
古来『猿蓑』は、俳句の「古今集」と言われるように、我が国俳諧文学の中に燦然と輝く不朽の金字塔なのである。