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白雨や戸板おさゆる山の中
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白雨や戸板おさゆる山の中 助童
去來曰、墨崎に聞て此に及ぶなし。句體風姿有、語路とゞこほらず*。情ねばりなく事あたらし。當時流行のたゞ中也*。世上の句おほくハとするゆへにかくこそ有レと、句中にあたり逢*、或ハ目前をいふとて、ずん切の竹にとまりし燕、のうれんの下くゞる事いへるのミ也*。此兒此下地有て、能師に學バゞいかばかりの作者にかいたらん*。第一いまだ心中に理屈なき故也。もしわる功の出來るに及んで、又いかばかりの無理いひにかなられん
、おそるべし*。
- 白雨や戸板おさゆる山の中:<ゆうだちや といたおさゆる やまのなか>。急な夕立にあわてて戸板を引く山中の隠者。そのあわてた瞬間を切り取った軽みの句。
- 去來曰、墨崎に聞て此に及ぶなし。句體風姿有、語路とゞこほらず:<きょらいいわく、くろさきにききてここにおよぶなし。くたいふうしあり、ごろとどまらず>。筑前の黒崎を通った時に聞いた句であるが、句の構造と言い姿と言い、言葉がすっきりと流れていて、これ以上の句はここにはなかった。去来が長崎の往復で採取したのであろう。
- 當時流行のたゞ中也:まさに不易流行で言えば、現代に「流行」の新鮮さを感じさせられる作品だ。
- 世上の句おほくハとするゆへにかくこそ有レと、句中にあたり逢:世上詠まれている多くの句は、「こうするからこうなる」式の原因と結果がぶっつけ合ってしまって。
- 或ハ目前をいふとて、ずん切の竹にとまりし燕、のうれんの下くゞる事いへるのミ也:目の前の情景をそのまま切り取って表現すると言っては、「ぶっちぎりの竹にとまった燕」だの、「暖簾の下をくぐってとんだ燕」だのと詠むのである。何か、他流の句にこの類の例があったのであろうが、不明。
- 此兒此下地有て、能師に學バゞいかばかりの作者にかいたらん:この子は、よい才能を持っているので、よい先生に教えてもらえば伸びるだろうが。
- 第一いまだ心中に理屈なき故也。もしわる功の出來るに及んで、又いかばかりの無理いひにかなられん
、おそるべし:まあ、いまは無邪気だから心中に理屈もないが、段々と知恵が増してくると、屁理屈をこね回して今の多くの作者達のようになるかと思うと恐ろしくもあるな。