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「芭蕉db
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四條の河原涼み
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(元禄3年6月:芭蕉47歳)
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四條の「河原涼み」とて、夕月夜のころより有明過ぐるころ*まで、川中に床を並べて、夜すがら酒飲み物食ひ遊ぶ。女は帯の結び目いかめしく、男は羽織長う着なして、法師・老人ともに交り、桶屋・鍛冶屋の弟子子まで、いとま得顔に*、うたひののしる。さすがに都のけしきなるべし。
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(かわかぜや うすがききたる ゆうすずみ)
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川風や薄柿着たる夕涼み
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京都賀茂川の四条河原、6月7日から18日まで行われる年中行事の納涼会に、幻住庵滞在中の芭蕉も参加したらしい。その納涼の祭りの中に薄柿色の帷子<かたびら>を着た人がいる。
薄柿は、柿色の麻の單衣。センスのよさをも表している。
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夕月夜のころより有明過ぐるころ:月の運行は、7日以前では日没以前に既に月があり、15日以降では月が沈む以前に夜が明ける。前者が夕月夜、後者が有り明の月となる。
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いとま得顔:絶好の機会を得たとばかりにの意。桶屋や鍛冶屋の弟子子(<でしご>と読む。弟子たちのことだが、四條の河原涼みの古風な世界に、庶民的な情景を入れることで俳文とした。この挿入は推敲過程で凡兆が提案したものである。→『凡兆宛書簡』参照)
京都四条大橋から撮影