須賀川
奥州岩瀬郡之内須か川
相楽伊左衛門にて
風流の初やおくの田植歌 翁
覆盆子を折て我まうけ草 等躬
水せきて昼寝の石やなおすらん 曾良
びくにかじかの声生かす也 翁
一葉して月に益なき川柳 等
雁にやねふく村ぞ秋なる 曾良
賎の女が上総念仏に茶を汲て 翁
世をたのしやとすゞむ敷もの 等
有時は蝉にも夢の入ぬらん 曾
樟の小枝に恋をへだてゝ 翁
恨ては嫁が畑の名もにくし 等
霜降山や白髪おもかげ 曾
酒盛は軍を送る関に来て 翁
秋をしる身とものよみし僧 等
更ル夜の壁突破る鹿の角 曾
島の御伽の泣ふせる月 翁
色々の祈を花にこもりゐて 等
かなしき骨をつなぐ糸遊 曾
山鳥の尾にをくとしやむかふらん 翁
芋堀ばかり清水つめたき 等
薪引雪車一筋の跡有て 曾
をのをの武士の冬籠る宿 翁
筆とらぬ物ゆへ恋の世にあはず 等
宮にめされしうき名はずかし 曾
手枕にほそき肱をさし入て 翁
何やら事のたらぬ七夕 等
住かへる宿の柱の月を見よ 曾
薄あからむ六條が髪 翁
切樒枝うるさゝに撰残し 等
太山つぐみの声ぞ時雨るゝ 曾
さびしさや湯守も寒くなるまゝに 翁
殺生石の下はしる水 等
花遠き馬に遊行を導て 曾
酒のまよひのさむる春風 翁
六十の後こそ人の正月なれ 等
蚕養する屋に小袖かさなる 曾
元禄二年卯月廿三日
みちのくの名所名所、こゝろにおもひこ
めて、先、せき屋の跡なつかしきまゝに、
ふる道かゝり、いまの白河もこえぬ
早苗にも我色黒き日数哉 翁
岩瀬の郡、すか川の駅に至れば、乍単齋
等躬子を尋て、かの陽関を出て故人に逢
なるべし
発句前に有
同所
桑門可伸のぬしは栗の木の下に庵をむす
べり、伝聞、行基菩薩の古、西に縁ある
木成と、杖にも柱にも用させ給ふとかや。
隠栖も心有さまに覚て、弥陀の誓もいと
たのもし
隠家やめにたゝぬ花を軒の栗 翁
稀に蛍のとまる露草 栗斎
切くづす山の井の井は有ふれて 等躬
畔づたひする石の棚はし 曾良
歌仙終略ス
連衆 等雲・深竿・素蘭以上七人
須か川の駅より東二里ばかりに、石河の
瀧といふあるよし。行て見ん事をおもひ
催し侍れば、此比の雨にみかさ増りて、
川を越す事かなはずといゝて止ければ
さみだれは瀧降りうづむみかさ哉 翁
案内せんといはれし等雲と云人のかたへ
かきやられし。薬師也。
この日や田植の日也と、めなれぬことぶ
きなど有て、まうけせられけるに
旅衣早苗に包食乞ん ソラ
しら河
誰人とやらん、衣冠をたゞしてこの關を
こえ玉フと云事、清輔が袋草紙に見えた
り。 上古の風雅、誠にありがたく覺へ侍
て、
卯花をかざしに關のはれぎ哉 曾良
須か川の連衆
矢内彌一衞門、素蘭。 吉田祐碩、等雲。
内藤安衞門、須竿。 釋可伸、栗齋。
外太田庄三郎
旅衣早苗に包食乞ん
わたかの鞁あやめ折すな 翁
夏引の手引の青草くりかけて 等躬
茨やうを又習けりかつミ草 等躬
市の子どもの着たる細布 ソラ
日面に笠をならぶる涼して 翁
芭蕉翁、みちちのくに下らんとして、我蓬
戸を音信て、猶白河のあなたすか川と
いふ所にとゞまり侍ると聞て申つかはしける
雨晴て栗の花咲跡見哉 桃雪
いづれの草に啼おつる蝉 等躬
夕食喰賤が外面に月出て 翁
秋來にけりと布たぐる也 ソラ
白河関
西か東か先早苗にも風の音 翁
我色Kきと句をかく被直候。
白河、何云へ。
關守の宿をくいなにとをふもの 翁