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芭蕉db
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笈の小文
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(伊勢山田)
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伊勢山田
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(なにのきの はなとはしらず においかな)
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(はだかには まだきさらぎの あらしかな)
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表紙 年表
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何の木の花とはしらず匂哉
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西行の歌「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」『山家集』を花に託してデフォルメした句。ここで芭蕉は、花の匂いと木の名を照合しようとしなかったとかいう問題ではない。西行の歌を俳諧化することにのみ主眼が置かれている。
貞亨5年2月4日、伊勢神宮外宮参拝の折りの作であることは『杉風宛書簡』から分る。
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伊勢市霊祭講社の句碑(牛久市森田武さん提供)
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裸にはまだ衣更着の嵐哉
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『泊船集』の前書には、「2月17日神路山<かみじやま>を出るとて、西行の涙をしたひ、増賀の信をかなしむ」とある。
神路山は三重県伊勢市宇治にある山域で、五十鈴川上流域の流域の総称。『撰集抄』には、増賀上人は、伊勢神宮を参拝した折、私欲を捨てろという示現を得て、着ていたものを全部脱いで門前の乞食に与えてしまった、という話が載っている。この句はこの故事をもとに作られている。増賀上人のように裸になるには未だ二月の寒風の中じゃ無理だ。如月<きさらぎ>を更に衣を着る季節としゃれた句である。