芭蕉db

木因宛書簡

(延宝9年7月25日 芭蕉38歳)

書簡集/年表/Who'sWho/basho


 御手紙忝致二拝見一候*。昨日終日御草臥可レ被レ成候*。され共玉句殊之外出来候而、於いて二拙者に一大慶に奉りレ存候*。就レ其香箸之五文字之儀いかにも御尤被レ存候間*、かれ枝と御直し可レ被レ成候。愚句も烏之句・猿の句、皆仕そこなひ*残念に存候。寝に行蝿の烏つれらんと云句に而可レ有二御座一を、急成席故矢ごろヲはやくはなち*、面目もなき仕合せに而御座候。且又、今日之義(儀)、天気此分に御座候はヾ、御同道申度候。天気能過ぎ候へば、亭主*も宿にいぬ事可レ有二御座一候に、幸に御座候而、大かたの天気に御座候はば、御同道可レ申候。天気あしく御座候は ヾ、私宅に而語可レ申候間、かならずかならず昼前より御入来奉レ待候。され共拙者夜前は大に持病指 發り*、昨昼之氣のつかれ、夜中ふせり不レ申候間、昼前迄氣を安メ可レ申候間、かならず昼前より御出可レ被レ成候。いづれの道にも御逗留もすくなく候へば*、しばしづゝ成共、得二御意一度候。 以上
   七月廿五日                       はせを*

 岐阜の俳人谷木因が江戸に来ているのに対して送った、現存する芭蕉最古の真筆書簡。この前日句会が催されたらしく、その時の木因の作句へのアドバイスや、これから誰かの家(山口素堂と推察される)でまた句会を催すについての同道の誘いが述べられている。芭蕉と木因は、北村季吟門下の兄弟弟子に当たり親交は厚かった。