21財団<産業情報山梨>誌11月号巻頭言原稿

 パラダイム

 

 ビジネス雑誌などでよく目にする時事用語にパラダイム(paradigm)という言葉があります.辞書を引いてみると「語形変化表」などとあって何のことだか分りません.元来この言葉は文法用語で,動詞などが補語を持つか,目的語を持てるか,といったような語の統辞体系を表す専門用語でした.これを,アメリカの科学史家トーマス・クーンが『科学革命の構造』という書物の中で使ったことから現代用語になりました.1960年代のことです.
 クーンはこの書物の中で,ある時代に誰もが信じて疑わないようなこと,例えば太陽の周りを地球が回っているというような「事実=真実」(地動説)を,パラダイムと定義しました.地動説はコペルニクスが言い出したのですが,それ以前はプトレマイオスの天文学が1,500年間も信じられていて誰もこれを疑わなかったのですから、そういう時代には天動説も真実=パラダイムであった,ともいうのです.実際,天動説ですべての星辰の運行が計算できて,十分役立っていましたから,誰も懐疑を持つことはなかったのです.ただ,少しだけどうしてもうまく説明できない部分があって,それを地動説に変更すると断然上手くいく.こうなったとき,天動説は崩壊します.これを科学革命といいます.しかし,天動説で飯を食っている占星術師や宗教家などにとっては,この革命は困ります.そこで,こういう学説に猛反対し,ガリレオのように宗教裁判にかけられたりする人も出てきました.このように科学革命は,とびっきり荒っぽい歓迎のされ方をするのです.
 いま,パラダイムシフトが叫ばれています.パラダイムを変更するのは,実はこのように生易しいことではありません.旧いパラダイムに適応していた人の生存の場所が新しいパラダイムの中には用意されていないからです.ビッグバンがパラダイムシフトと同義なら,旧いパラダイムを善しとする人の生存を保障したりしません.だから,安易にパラダイムシフトなどといわない方がよいのです.

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統辞体系:英文法などの「主語+動詞+間接目的語+直接目的語」など5文型や日本文の起承転結,三段論法など文章の形式的決まりをいう.