総合科目X「情報社会はいま」               1996.9.04

コンピューターと選挙



担当

工学部電子情報工学科

伊 藤  洋


1. はじめに

1.1. いま政治は

 いわゆる「55年体制」と呼ばれる日本政治の構造は,その名のとおり1955年に左右社会党が統一して日本社会党となり(*1),これに刺激されて自由党と民主党という保守党が合同して自由民主党(*2)ができたことに因んでできた用語に他なりません.その後,日本社会党内の派閥(西尾派)が分裂して「民主社会党(民社党)」が結党されたり(*3),自民党も一部の若手議員が田中首相の金権体質に嫌気して脱党し「新自由クラブ」(*4)を結成するというようなことはありましたが,全体としては自民・社会の保守・革新が対立して権力を争ったというのが主たる歴史的事実でありました.(*5)

 この政治的対立は,1948年に始まった「東西冷戦」構造の中で(*6),この国が東西対立のどちらの陣営に参入するかという世界大の選択と関わっていました.わけても,1951年のサンフランシスコ講和会議(*7)と寝耳に水の日米安保条約の調印と批准について,全面講和・非同盟中立を主張して反対したいわゆる革新勢力と,サンフランシスコ講和会議を仕切ったアメリカに対してシンパシーを有し部分講和を推進した反共主義の保守勢力との対立が出発点となりました.

 その後の55年体制とその中での政治的抗争は,憲法と自衛隊に関する争点を象徴として妥協の余地無い深刻な対立として国論を二分する形で存続してきました.その詳細は,ここでの趣旨と異なりますので省略しますが,かくも「55年体制」が長期間存続し得たのは言うまでもなく「東西対立」が長期にわたって継続したからに他なりません.すなわち,「55年体制」は小文字で書いた「東西冷戦」でありました.

 しかし,「SALTU」など戦略兵器削減交渉を通じて米ソの対立が緩和され,ついに1989年12月20日マルタにおいて長い長い交渉に終止符が打たれ,冷戦がヨーロッパでは消滅しますと,「55年体制」はもはや存続の根拠を失ってしまいました.それでも,この体制はその後あしかけ4年に及んで延命しました.それというのもヨーロッパで解消した東西冷戦は,そのままの形でアジアに波及したのではなく,冷戦の中で熱戦を演じた朝鮮半島(*8)やベトナム戦争(*9)・カンボジャ内戦(*10)などが不安定要因・歴史的負の遺産としてアジアに残存したからに他なりません.

 それはともかく,この国の政治家には,「東西冷戦」と「55年体制」以外に新しい政治を開く才覚もビジョンも全くありませんでした.「東西冷戦」という戦後世界の枠組みにいたずらに迎合し,追従し,状況に対応しただけであって,この間「冷戦」の緩和に寄与したことも皆無であってみれば「冷戦」終結後の世界で主体性を発揮することなどありうべくもありません.

 こうして,いま政治は全く「液状化現象」を呈し,「小選挙区・比例代表並立制」という新選挙制度の下で政治家一人一人が再選されるか否か全く分からないまま,ただただいたずらに解散を回避して延命を図りつつ時機を伺っているという状況になってしまいました.そういう中で,政治への信頼も期待も失せた選挙民は,ただひたすら「政治的無関心」を決め込んでしまい,各地の各種の選挙で投票率が20%しかないというような状態が続出しています.これはすでに「間接民主主義の死」以外の何ものでもありません.

1.2. 新選挙制度

 すったもんだの挙げ句,1994年11月21日,公職選挙法改正案とそれに付随する小選挙区区割法案が参院本会議で可決成立しました.

 小選挙区制度は,長期安定政権自民党にとって「55年体制」中一貫した悲願の選挙制度でありました.「55年体制」が始まるやいなや,1956年3月19日には早くも時の鳩山内閣は小選挙区制を骨子とする公職選挙法の改正案を衆院に提出し,社会・共産両党の猛烈な反対によって議場が混乱,同年4月30日審議未了のまま廃案となりました.以後,歴代自民党内閣にとって小選挙区制度は隙あらば実現したい垂涎ものの制度となりました.

 小選挙区制度では,仮に全選挙区を通じて比較第一位の支持があれば,全選挙区においてその政党の候補者全員が当選しますから,原理として100%議席を占有することも可能です.事実,自民党は如何なる時期の如何なる地域における世論調査を見ても比較第一位の支持を得ている政党です.自民党にとって小選挙区制度こそ不老長寿の選挙制度に他なりません.わけても親から子へ,子から孫へと「チバン・カンバン・カバン」(*11)を脈々とつないでいく自民党政治家にとっては小選挙区制度は夢の制度であったのです.

 自民党にとって,小選挙区制度が悲願となったのにはもう一つ理由があります.それは「55年体制」によって生まれた自民党の党是に「憲法改正」があったからです.憲法改正は,衆参両院における3分の2の議員の賛成が無くては発議できません(第96条).したがって中選挙区制のように複数政党が複数の議席を争う型の選挙制度では支持率が比較第一位というだけでは,原理として比較第一党の議席を確保できるだけで3分の2議席を確保することは余程のことが無い限り不可能です.かくて党是であった憲法改正を実現するためには,小選挙区制度は必須の制度でありました.

 こうして,代々の自民党政権は小選挙区制導入のときを虎視耽々と狙っていたのですが,1972年12月,庶民宰相・今太閤というジャーナリズムの扇動に支援され空前の人気を博した田中角栄内閣に至ってそのチャンスが到来しました.しかし,第一次石油ショックと列島改造という投機ブームによって戦後最大のインフレを招き,自らの蓄財が暴かれて,田中内閣は1974年11月26日あえなく退陣に追い込まれ,小選挙区制導入の夢はついに果たせませんでした.

 1993年6月18日,歴代自民党内閣の中では小選挙区制度にもっとも消極的だった宮澤喜一内閣がそのゆえをもって不信任決議され「55年体制」が終焉を迎えるや,事態は急展開を示します.一連の政変劇によって棚からぼた餅の政権が転げ込んできた万年野党日本社会党が連立の一角として入閣するや,その地位を維持したいばかりに,「55年体制」中には常に反対を貫いてきた小選挙区制に賛成します.こうして皮肉にも「55年体制」の崩壊と機を一にして「小選挙区・比例代表並立制」がまるで「瓢箪からコマ」のようにこの国の憲政史上はじめて導入されることになりました.

1.3. 解散・総選挙

 さてこうしてドサクサに紛れて「小選挙区・比例代表並立制」ができあがりましたが,肝心の自民党が分裂して,「55年体制」以来初の野党ぐらしを強いられました.連立に失敗した社会党を連立に引き込むことに成功して自民党は再び政権に返り咲きましたが,一度味わった野党暮らしは余程骨身に染みたのでしょうか.あれほど固執した小選挙区制度が用意されているというのに解散をしません.衆院解散は総理大臣の専権事項ですから何時でも自在にできます.にもかかわらず,この3年間誰もこの伝家の宝刀を抜こうとしません.それもそのはず,何しろ選挙制度の変更と選挙民の心変わりは果たして個々の議員にとって蛇かへびか見分けがつかないのです.したがって恐くてできないというのが理由の第一.加えて,不況の深刻化・神戸震災・オウム事件・消費税引き上げ…等々,総理にとって解散権を振り回すのに不都合な椿事が次々と出来するのです.こうして,現代議士たちは,4人も総理が代わった程の混乱の中を何時にない長い任期を勤めることになりました.

2. 本文

 上述のように大方の予想に反して衆院の解散は行われず,最新の国政選挙といえば1995年7月23日に行われた第17回参議院議員通常選挙です.そこでここではその山梨選挙区選挙を例にして,筆者が行った事前調査のデータ整理手法を紹介することにします.この選挙は,山梨選挙区定員1名ですから,規模は3倍と大きいのですが衆議院の小選挙区制と形態は同じです.したがって,大筋で近々予想される衆院選と近似したものということができます.

 候補者は,届け出順にα・β・γ・δの4人.α候補は連合系の現職,6年前に消費税反対と金権腐敗打倒を掲げて当選しましたが,すでに当時の熱狂は消尽して風は逆風に転じています.他は全て新人ですが,β候補は,唯一の革新系候補でこれまでにも各種の選挙に立候補して知名度は高いのですが党そのものの支持率が低迷しています.γ候補は,新進党からの公認候補で過去に衆院選に無所属で立候補して落選した経験がありますが,知名度としては必ずしも高くはありません.若さを前面に出して青年層や無党派層への食い込みを狙います.δ候補は,自民党県議としての長いキャリアを持っており,知名度としても高いものを持っています.選挙地盤としては最も安定したものを持っている候補です.

2.1. 抽出作業

 事前調査の調査対象を抽出するところから作業は始まります.調査数は,当日有権者数665,100人に対しここでは1,200としています(*12).抽出に当たっては,次の順序で行います.

地域割り: 郡市毎に有権者数に比例して調査数を配分します.郡部については更に町村毎に有権者数に比例して按分します.

対象家族の選定: 調査を短時間に一斉に行うために電話アンケートとします.そのため乱数をひき,電話帳で対象者を選定します.法人や企業が選定された場合にはこれを無効として再度選択します.

男女の選定: 電話は大抵一家に一台で戸籍筆頭者などになっています.大概男性名義でそのままでは抽出に色が着きます.そこで実際の聞き取り時には男女比を可能な限り合わせるように調節します.

年代の選定: 投票行動は投票人の年代によって大きく傾向を異にします.そこで調査対象者の年代も合わせたいのですが,実際には難しいのでこれは調査員への努力目標として設定するにとどめます.

2.2. アンケート調査

 上述の手順で調査をすることにして,次に調査表を作ります.調査の成功は一にかかって調査表の善し悪しによって決まります.

 この種の調査では,質問された人は警戒して回答を拒否するか,または正直に答えてくれないと思った方がよいのです.調査はいきおい解答のコンテキストを読むことに主体が置かれることになります.したがって,調査表としてはクロス集計を前提として作り,表面に現れた数値だけで結論を出すことのないようにしなくてはなりません.また,簡潔なもので回答者に精神的負担や不快な念を抱かせるなど迷惑を掛けないことも必要な事項です.

 とりあえず,ここでの調査表は大略次のようなものとしました.

  1. 今度の選挙に関心がありますか
  2. 投票には行きますか(必ず行くから,棄権するまで4段階で尋ねる)
  3. 候補者の名前を知っていたら列挙して見てください.(挙げる順番を記録)
  4. 候補者の選択基準として次のものから一つあげてください.
  1. 差し支えなければ誰を支持するか教えて頂けますか
  2. 支持政党は何党ですか
  3. 年齢・性別などのフェイス

 (上記Cの項目には,国論を分けるような話題(PKO・消費税問題など)が有れば必ず入れますが,この時期投票に影響を与えそうな時事問題がありませんでした.(*13)

2.3. 集計

 さて,1995年7月16日,上の調査表にしたがってスタッフを総動員して1日で行われた1,200のデータが局から送られてきました.新鮮なデータはすぐに処理しなくてはなりません.そこで,この調査結果をデータベースソフトに入力します.ここで使ったのはMs-Accessですが,クウェリー機能が優れていれば何でも構いません.

 まず,データそのものから出てくるものとしては「関心度」程度です.それを示しましょう.

 関心度

図1 参院選関心度調査

 図で明らかなように,関心度は年齢が若くなるにしたがって薄くなります.定性的には常にこの傾向はあるのですが,問題は数値です.20代の関心度は30%しかなく,これは大いに問題です.それにしても過去には非常に政治的関心の高かった60歳以上の人々にも40%近くの関心無し層があるということは,この選挙が相当に低調であることを予感させます.

 何を基準に投票するか?

 選挙民が候補者を選ぶ場合にはそれぞれに支持理由を持っています.その調査結果を下の表に示します.α,β,γ,δは候補者を表します.

 表はまず左右二つに分かれていて,左側には具体的に支持候補者名を挙げながらその最大の支持理由を一つだけ答えてくれた人の数です.「支持不明」列の数値は,具体的に支持候補の名を明かさないが,何を基準に支持するかだけを回答してくれた人の数値です.

表1 候補者選びの基準

 まず,選挙民がこの選挙で何を判断基準として選択しようとしているかを図に表すと下図のようになります.

図2 候補者選びの基準

クロス

 さて,いよいよ分析にかかります.今までのデータ整理から分かってきたことは,選挙民は投票に当たって図2のような基準で候補者を選択するということです.しかし,「政策」や「人柄」で選ぶといわれても具体的に誰に投票するかということは分かりません.

 幸い,誰にどういう選択基準で選ぶかを教えてくれた人がいました.全体の4分の1の回答者は支持理由とともに支持候補の名前も回答してくれていたのです.それが上の表1の左側の部分です.それを図示したものが下の図です.

図3 各候補への支持理由

 上図を見ると,α候補は「人柄」や「組合等の団体だから」,あるいは「実績で」という支持理由が多いようですし,γ候補は圧倒的に「新鮮さ・清新さ」が評価点のようです.事実,γさんは新人です.そして,γさんの所属政党にはある宗教団体系の党派を含んでいますから,「政党で」を理由にγさんを支持しているのはこの宗教団体の信者と見てよさそうです.δ候補については「政党」・「地縁・血縁」・「人柄」などが支持理由です.δさんは新人とはいえベテランの保守系県議で個人政治団体も長い活動歴を持っています.

 すなわち,「新鮮さ」で選ぶと言う人は,換言すれば「γさんを支持します」と言っていると判断してよさそうですし,「組合等の団体だから」と答えている人は暗に「αさんを支持している」と答えたとみてよさそうです.しかし,「政党で」選ぶと答えた人は,その多くがδさん支持ですが,他の3人についても同じように答える人がいますから,この回答は他の3人についてもその比率にしたがって配分する必要が出てきます.こうしてすべての項目についてその配分比を計算したものが表1の右側の部分です.全体を1に正規化して表しています.この場合,国論を二分するような「大問題」のある場合は,それについての賛否を入れておきますと,支持候補と支持理由が鮮明になりますので,分別がやりやすく且つ推計の確度も高くなるのですが,幸か不幸かこの調査時にはそういう問題はありませんでした.

 こうして,とりあえず予想得票率を割り出す準備が整いました.しかし,アンケートでは,「関心度」や「投票に行くか」など選挙にかける熱度も尋ねています.調査に当たっているの者には,電話の向こうの声や話し振りから熱度を計ることができます.かれらの経験と勘にしたがって投票に行きそうか,棄権しそうかを4段階に裁定してもらっています.こうして必ず投票に行くらしいと思われる人だけ選び出して,最低投票率を割り出しますと,50%という数値が出てきました.(実際には確定投票率は52.26%でした)

 その時の推定得票率を下の図に示します.図中1はα候補,2はβ候補,3はγ候補,そして4はδ候補です.

図 4 候補別予想得票率

 ところで,選挙戦が盛り上がって,これまであまり乗り気でなかった人も投票に行くとして,投票率が上がったときに各候補はどのように得票を伸ばしていくかを上述の「熱度」の4段階について計算して図に表したのが下の図です.

図5 投票率Vs.得票率予想

 δ候補はその後も万遍なく票を伸ばし,順位に変動はないようです.こうして投票日前1週間の情勢は,「δ候補優勢」,「γ候補猛追」,「α候補も含めて終盤の熱い戦い」というような見出しが新聞・TVで報道されるというわけです.

 予想屋としては蛇足ですが,もし次点のγ候補が「清新さ」を選挙民に強くアピールして選挙を盛り上げることができたと仮定して,表1のγさんの「新鮮さ」の数値30を200に引き上げてみますと,下図のようになります.投票率55%越えでγ候補が逆転当選ということになります.それでもα候補は伸び悩んでいます.

図6 新鮮さを期待する声が大きくなれば・・

2.4. 結果との照合

 実際の,県選管集計の確定得票率は下図のようでした.図4と比較して予想はまあ当たらずとも遠からずというところでしょうか.

図7 第17回参院山梨選挙区選挙確定得票率

3. おわりに

3.1. 「無党派」という妖怪

 下の図は,山梨県内の政党支持率の変化を第16回と第17回参院選時を例にして描いたものです.横軸の表記が調査日時を表しています.両者とも選挙期間中であるため数値が激しく動く時期でもあるので,これは瞬間的数値と見るべきですが,それでも大きな変化があることだけは見て取れます.左の要素棒グラフの第16回参院選時には未だ「55年体制」が残っていました.したがってここに新進党としているのは,公明党・日本新党などを指しています.

 この二つのグラフで「55年体制」の主役自民・社会が支持率を激減させ,かわって新進党が支持を伸ばしているのが注目されますが,それ以上に無党派層という「支持政党無し」層が過半数に達していることが何といっても特徴的です.

 こういう傾向は,すでに80年代の後半あたりから顕著に現れていました.そもそも山梨県のような「ムラ」型社会では,アンケートに対して支持政党を尋ねられると曖昧にして答えないケースが多いのですが,それは統計的には常に一定の比率と見ることができるでしょうから,下の図の「変化」はやはり一つのドミナントな傾向と見ることができるのです.

図8 山梨県内の政党支持率変化

 このような「無党派」の出現,あるいは主要政党の支持率低減が実際の投票率にどう影響するのでしょうか.それを過去の全部の参院選挙について示したものが下の図です.1970年11月の補欠選挙(*14)が過去最低の56%だったのですがこれを下回る52%とやはり史上最低を記録しています.この時の当選者(中島真人氏)は相対得票率では37.95%を確保していますが,当日有権者総数に対する絶対得票率では19.83%の低率に止まっています.すなわち,この当選者は有権者5人のうち一人しか支持者が居ないのに当選したということです.こうなりますと,果たしてこの議員は選挙民の代表と呼んでよいのでしょうか? 民主主義が最大多数の意見によって成り立つという原則,それゆえに議員は,最大多数の代弁者・代表者とされる政治的正当性(ポリティカルレジティマシー)が危ぶまれてきます.合法的な選挙によって選ばれた人にレジティマシーが無いとすれば,このような仕組・間接民主主義は機能しないか,著しく危機的状態に陥っているとみなくてはなりません.

図9 参議院山梨選挙区選挙の投票率

3.2.直接制民主主義

 今年(1996年)8月4日新潟県巻町では東北電力(株)巻原子力発電所建設の是否を巡って住民投票が実施されました.結果は,投票率82.5%,建設反対61%,賛成38%で建設反対派が勝利しました.資金的な背景を持たない徒手空拳の反対派が多数を占めたという事実がこの場合何といっても驚天動地の出来事には違いありませんが,ここでは投票率の高さに注目しておきましょう.

 前述のように,国であると地方であるとを問わず,公職選挙法で規定されている選挙がこのところ軒並み低率にあえいでいます.そういう中で,巻町での投票は極めて高率でした.ここでは,原発建設の是否が二者択一の形で長期にわたって住民に鋭く問い掛けられていました.つまり,問題がしっかりと設定され,確かに住民投票の結果は,敗れた賛成派や政府や所轄官庁がいうように,法的拘束力は無いとはいうものの,この投票は住民からすれば極めて直接的に自らの意志が表現されたという意味で参加民主主義を実感できたはずです.

 それに対し,国政選挙では当選者はまず殆ど公約を実行しないし,出来もしない,選挙公報に小さい活字で公約が書いてあるというものの,選挙期間中は連呼に次ぐ連呼で政策など訴えている候補者は皆無です.つまり,選挙で選ばれた「選良」は,公約を発しないし,実行しない,つまり選挙などしてみたところで何の成果も期待出来ない,よって投票には行かないというように悪循環化しているのが現在の政治危機の実相なのです.

 このように間接民主主義が機能しないのだとすれば,これはもう巻町のように直接民主主義に訴えるしか方法はありません.それも機能しないとなれば,最後は常に裁判所による司法判断に委ねるしか方法はなくなります.東京と大阪で行われた薬害エイズ訴訟はこの典型的な例の一つでした.厚生省の薬事行政の結果数千人のHIVが発症し,そのうちの少なからざる人々が死亡または死の床についているというのに政治は何の判断もできませんでした.結局,東京・大阪両地裁の「和解勧告」という司法判断を待たなくてはならなかったのも元を正せば間接民主主義の機能不全以外の何物でもありません.

 しかし,司法は立法によってその規範が示されるのですから,やはり政治は,なんとしても再生しなくてはなりません.一国の政治は,その国民の程度に応じた質以上にはなりません.政治の再生は,究極のところ選挙民の政治的見識にかかっているのです.民主主義の原則をもう一度再確認して,成熟した政治システムを構築するために学生は立ち上がらなくてはいけません.それには先ず投票所に足を運ぶことです.

謝辞

 本稿で使ったデータについて調査に当たられた関係者の皆さんに心から感謝いたします.


註)
本文は山梨大学「総合科目X 情報社会はいま」の講義用に書き下ろしたものである.

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