
電車の中には大勢の人が乗っていて,乗客はそれぞれに連れ合いとそこかしこで話をしています.
ところで,こういう空間はバス型ネットワークの一種です.あちらのグループ,こちらの仲間同士と,それぞれ会話が弾んで,大勢の人の声が車内に充満しています.つまり音声の「衝突」が生じています.それなのに仲間同士の会話は結構ちゃんとできるものです.
こういう能力は人間の優れた能力です.同時に大勢の人の声を聴いているにもかかわらず,自分が選んだ特定の人の声だけを選んで聞いているのです.こういう特性を
マスキング(masking)といいます.通信機器にはこういう能力が備わっていませんから,一つの伝搬路を使って複数の情報の伝送をするには周波数を変えるか,時間を区切るかしなくてはなりません.バス型では特に断らない限りこういう手段を用意しませんので,衝突を起こすと通信は不能に陥ります.
人のマスキング能力についてもう一言.よく騒音の多い街中の公衆電話で通話をしている人が,雑音を遮ろうとして空いている耳を手で塞いでいる光景を見かけます.あれはほとんど効果がありません.人にはマスキング能力がありますから,片方の耳に精神を集中していると片方の耳からの騒音はマスキング効果でカットしています.
それではどうして騒音のある場所での電話は聞こえにくいのでしょうか.街中の騒音は実は送受話器の筒から使っている耳に入ってきてしまい,このためマスキング効果が効かなくなっているのです.これが話しづらさの原因です.集中している聴覚に直接的に重なる音は一つの音源ですからマスキング効果は生じません.そこで,送話器の口を押さえて雑音がここから入るのを防ぐようにすればずいぶんよく聞こえるようになるものです.