水の入ったコップに差したストローが折れて見えるのは屈折のためです.光が水中に入射したとき光は進行する方角を変えます.これは,光が2点間を通過するときに最も短い時間で済まそうとするからに他なりません.
電波伝播に関するパラメータとして屈折率という量が定義されます.屈折率とは,真空中の光速3×108に対し,媒質中で1/nに速度が減少します.このときこの媒質の屈折率(refractive index)をnとします.水中での光速は,真空中の約3分の2に減速します.つまり水の屈折率は1.5程度だというわけです.
水中では,光速が真空や空気中のそれより遅くなりますので,2点間を走行する光は2点間を直線で結んだ経路より少し余分に空気中を走行して水中を少し短めに走ろうとします.こうして2点間を最短時間で走行するように経路を選ぶ結果,光は屈折(refraction)という現象を示すことになります.こういう一見知的?に見える光の走行経路を波動工学的に辿ってみましょう.
図のようにy=0という平面を境界として2種類の媒質が接しているとします.上の媒質には下添字”1”を付け,下の媒質には”2”を付して表わすことにしましょう.初めに光は上の媒質からy軸とのなす角度(これを入射角(incident angle)と言います.)θiで下の媒質に入射波(incident wave)となって入射してきます.よく知られているようにその一部は,反射波(reflected wave)となって反射角(reflection angle)θrで反射し,また一部は下の媒質に透過波(transmitted wave)となって透過角(transmission angle)θtにて透過していきます.ここではTEモードを考えて解析を進めることにしましょう.
前章で調べたようにTEモードの電磁界は上の媒質中では,
であり,Hzに関する波動方程式は,
でありました.この解として入射波について記しますと,
となるでしょう.
同様にして,反射波について波動関数を求めますと,
となります.
つぎに下の媒質に進入した透過波ですが,これは全て媒質定数に下添字2を付し,伝播方向はx軸の正方向,y軸の負方向ですから,
と置くことが出来ます.ここにH0は入射波振幅,Rは反射波振幅を,そしてTは透過は振幅を表わしています.そしてこれらの関係はy=0における境界条件を使うことによって確定することができます.
y=0平面は2つの媒質の境界面です.境界における条件は次のように電磁気学によって与えられています.すなわち,境界において,
(1)電界の接線成分は連続である.
(2)磁界の接線成分は境界面に面電流が無い限り連続である.
そこで,y=0において,
が成立しなければなりません.
式(6)に式(3),(4),(5)を代入しますと,
および,
を得ます.
ところで境界条件は,y=0平面のどこでも成立しなければなりません.しかし上式を見ますと式中に変数xを含んでいます.そこで,xに関わらずこれらの式が成立するためには,次式が成り立つことが必要です.
これが満たされれば式(7),(8)は次のようになります.
ただしここにθr=θiを使っています.
式(10)を解きますと次式を得ます.
ここで,RやTをH0で除したものをそれぞれ反射係数(reflection coefficient),透過係数(transmission coefficient)と言います.
ここでは省略しましたが,全く同じようにしてTMモードについても解析することができて,それらの結果から反射係数を計算致しますと,下の図のようになります.
この図で,空から海とは,屈折率の低い媒質から高い媒質へ,反対に海から空へというのは屈折率の高い媒質から低い媒質へ向かって光が入射することを表しています.
前節式(9)に戻りましょう.
この式より,第一に
なる関係が誘導されます.これはよく知られた「光の反射角は入射角に等しい」という法則を表わしています.また,から,屈折角θtは,
ここに,n12とは,媒質1と媒質2との間の屈折率の比を表わすものと定義しています.一般に誘電性の媒質では,μは須らくμ0とおいても支障はありません.特に光学領域ではこう置いて全く差し支えはありません.それゆえ,屈折率の定義として通常比誘電率のルートを取ったもので定義します.尤もこう言ったからといって,屈折率は誘電率の平方根を取ったものだと単純化して貰っても困ります.波動論で言うところの誘電率を光学では屈折率の二乗と定義すると云う程度に理解すると良いでしょう.
さて,式(12)より,媒質1に対して媒質2の屈折率の方が大きいときには屈折角は入射角より小さくなり(θt<θi),逆にn12が1より大きくなるときには屈折角は入射角より大きくなります(θt>θi).上式のような屈折の関係をスネルの公式と言います.
ところでつぎに,式(12)について少し検討してみましょう.式(14)から,
ですので,式(12)で,
すなわち,
なる角度θBで光が入射するとき反射係数Rはゼロになります.このような角度をブリュースタ角(Brewster's angle)と言います.なお,このブリュースタ角は,TEモードでは存在しますが,TMモードにおいては存在しません.
また,式(14)で,cosθT=0なるθTを定義すると,
なる入射角θTの時には反射係数は1,すなわち全ての入射波が透過せずに反射されてしまいます.こういう角度θTを全反射角(total
reflection angle)と言います.この式では,n12が1より小さいとθTが虚数になってしまいます.虚数の角度は現実にはありませんから,n12>1の場合,すなわちn1>n2の場合だけが現実的です.つまり,全反射は屈折率の高いところから低い媒質に向かって光が入射するようなときにのみ存在し,逆の場合には垂直に入射するとき以外には全反射は存在しないことを表わしています.水中から,水面側を眺めますと,一定の角度を越えますと暗く見えるということを,水泳していて体験したことがあったでしょうが,あれは水の屈折率に対して外の屈折率が小さいために全反射角が存在するからに他なりません.魚は,小さな視角で外界に起こっていることのすべてが見えることを意味します.
さて,このように光は異種の媒質に入射するとき屈折します.この屈折は冒頭述べたように光が光路を選ぶとき最短時間になるように選ぶからに他なりません.その事を確認しておきましょう.
今,図のようにA点を通ってB点に達するような光があるとします.そのためには,途中O点を通過するとして,これが伝播時間を最低にしていることを証明すればよいことになります.
いま上の媒質中の光速をv1とし,下の媒質中でのそれをv2とします.そうしますとAB間を伝播する光の所要時間Tは,
となります.Tをxで微分して,
ゆえに,
となって,これは式(14)と同一のものになっています.式(18)が成立しているのであればこれはスネルの屈折公式と一致していて,しかも伝播時間の極値になっていますから,この関係は極小値を意味していると解釈すべきでしょう.つまり,AB点間を伝播する光の最短時間を意味しています.
このように光は,それが通過する2点間において伝播時間を最小にするようになっていることが示されました.そこでいま光が光路Γに沿って伝播すると仮定します.その光路中を伝播する光の伝播時間は一般に不均一媒質中では光の走行速度そのものが一様ではありませんので,
が伝播時間ということになります.両辺に光速cを掛けて,
のように表わされます.そして,光は,Tが,したがってcTが最小になるように伝播径路Γを選びます.
式(19)を最小化するΓを決める問題は,これを変分法(variational method)と言います.そして,式(19)を最小にするということを表わすのに形式的に,
という表現を使います.式(20)の物理的意味は,径路Γに沿って光が伝わるときに光は,最短時間をかけて伝播するのであるがその時の積分値と,それより微小にずれた径路Γ1を採ったときの積分値
を変分と言い,この変分をゼロとするように光は径路を選ぶ,すなわちΓを選ぶと云うことを主張しているのです.
自動車で道路を走っていると遥か前方の路面が水を打ったように光って見えることがあります.しかもその光って見える箇所は車が近づくと遠退いてやはり遥か前方に見えます.つまり,水を打ったように光っている箇所は逃げていくのでこれを<逃げ水>と云います.逃げ水は,今では舗装道路が多く,この現象が起りやすいのでしばしば容易に経験しますが,清少納言の「枕草子」にも書いてあるとおり,舗装道路など無かった昔にもこういう現象は知られていたようです.
逃げ水が発生するのは,光が最短時間で走行する性格があるためです.それを描いたのが右の図です.
図のように,急激に太陽に照されて温度が上がった路面から空気が激しく上昇しますと,そこは空気の薄い状況が生じます.その空気がある程度の高さまで達したところで冷やされてそこには空気の濃い層ができます.こういう状況をダクトといいます. さて,空には光に満ちた光源があるとします.そこから発した光は,観測者に向って伝搬してきますが,そのとき光が選ぶ光路は,空気の濃い,したがって伝搬速度の遅い層を多く通るよりも,光路は長くなっても一旦空気の薄い,したがって伝搬速度の速いダクト中に入ってそこを通って観測者に達した方が伝搬時間が短くなるとしますと,光はこの経路を選んで走行してきます.他方,観測者は,この光線を観測するときには光源の方をではなく,光が目に入るときの方に光源は有ると認識しますから,結局観測者にとって光源の位置は空にではなく路面上にあることになります.光源が遥か離れた場所にあれば,逃げ水の方向に近づいても観測者との相対的関係は変わりませんから,光る位置は観測者から逃げて行くように見えます.このように,逃げ水は光の最短時間伝搬という性質と,人間のモノを見る先入観とが一緒になって生じる面白い現象です.海上や砂漠に発生する蜃気楼なども同様の現象です.
最後に一言追加しておきます.私たちは,自然を記述するときの有力な方法として微分方程式を使います.マックスウェルの方程式やニュートンの方程式などはその典型的例です.微分項を含む微分方程式で自然を記述するということは,極く微小な近傍との関係を記述していることに他なりません.微分方程式の解は,境界条件や初期条件を適合させることによって唯一に決り,その結果は大域的に適用できるとされています.つまり,微分方程式から自然を記述するというやり方は,極微の関係から大域的な関係へと拡張する中でなされることです.
他方,大域的な関係が初めに発見的に知られていて,そこから演繹する形で自然現象の記述を行うというやり方も有ります.例えば,2本の電柱に張られた長い電線は,
懸垂線と呼ばれる垂れ下がった張り方を致します.決して思い思いに電線が張られているということはありません.あれは,張られた電線のポテンシャルエネルギーが全体として最低になるようになっているのです.つまり,ポテンシャルエネルギー最小の原理という大域的な原則の結果として電線は全て同じように<懸垂線>となるのです.
富士山のような火山では,液状に融けた溶岩が固化してあの美しい山腹を形成しますが,あの曲線も懸垂線です.頂きと裾野との2点間を結び,総体として溶岩が最もポテンシャルエネルギーを最小にするように分散したがゆえにあの形状ができました.それが大自然の作り出す自然さゆえに人はこういう山を美しいと認識するのだとおもいます.
このように,大域的な原則,――たいがいは何かを最小にするという原則であり,これを最小作用の原理と言いますが,――から発して,その結果を演繹して身の回りの自然を理解するという自然記述の方法があります.こういう原理を変分原理といいます.上述のフェルマーの原理は,こういう変分原理の典型的な例に他なりません.
(第4章おわり)