鴨長明年譜

赤字は『方丈記』本文にある記事)


西暦 満年齢

歴史的記事

久寿2 1155

 

  0 賀茂御祖<かものみおや>神社(下鴨神社)正禰宜惣官である鴨長継次男として誕生
    慈円誕生
6   この頃、諸国飢饉
7   近衛天皇崩御。後白河天皇即位
9   守仁親王(後白河天皇の皇子)を皇太子に。保元の乱の一因
保元1 1156 4 27 1 久寿から保元に改元
7   鳥羽法皇死去(54歳)
7   崇徳上皇・後白河天皇の間で「保元の乱」勃発
7   敗者、崇徳上皇は讃岐へ配流、藤原頼長(「台記」作者)は死去(37歳)
保元2 1157 3   2 奥州藤原基衡死去
保元3 1158 8   3 後白河天皇、二条天皇に譲位し、院政開始
平治1 1159 4 20 5 平治に改元
12   「平治の乱」勃発
永暦1 1160 1 10 6 永暦に改元
1   源義朝(38歳)、尾張で長田忠致に殺害さる。3月、源頼朝を伊豆に配流
    6 父長継、従4位に叙せらる
応保1 1161 9 4 7 応保と改元
    7 長明、従五位下に叙せられる
応保2 1162     8 藤原定家誕生
長寛1 1163 3 29 9 長寛と改元
長寛2 1164 8   10 崇徳上皇、讃岐の配所で死去(46歳)
永万1 1165 6 5 11 永万と改元
仁安1 1166 8 27 12 仁安と改元
    京都で大火
仁安3 1168     14 高倉天皇即位。平清盛出家入道
嘉応1 1169 4 8 15 嘉応と改元
嘉応2 1170     16 飛鳥井雅経誕生
承安1 1171 4 21 17 承安と改元
承安2 1172     18 この頃(翌年とも)、父鴨長継死去。 人生、暗転
承安3 1173     19 親鸞誕生
承安4 1174     20 この年、源義経、陸奥国に向う
承安5 1175     21 法然(源空)、専修念仏を提唱→浄土宗へ
安元1 7 28 安元と改元
    賀茂御祖神社の禰宜鴨祐季、延暦寺と土地争い。祐季失脚。長明、鴨祐兼との後任争いに敗北
安元2 1176     22 藤原秀衡、父基衡供養のため一切教を書写
安元3 1177 4 28 23 京都大火。樋口富小路より出火
6 1 鹿ケ谷の陰謀発覚
    藤原清輔没(74歳)
治承1 8 4 治承と改元
治承2 1178     24 建礼門院右京大夫、退出
7 29 平重盛死去(42歳)
治承3 1179     25 この年、「梁塵秘抄」なる
治承4 1180 4 22 26 安徳天皇(3歳)即位
4 29 京都につむじ風
6 2 福原遷都。11月26日、再度京都へ遷都
7 14 高倉上皇と七条院殖子の間に尊成親王(後鳥羽天皇)誕生
8 17 源頼朝、挙兵。この頃、長明、福原を視察
9 7 木曽義仲、信濃で挙兵。9月10日、甲斐の武田信義も挙兵
10 20 源頼朝軍、平維盛軍と「富士川の戦い」、勝利を収める
10 21 源頼朝と義経、駿河国の黄瀬川で対面
治承5 1181 1 14 27 高倉上皇崩御(21歳)
閏2 4 平清盛死去(64歳)
    この年、諸国飢饉。京中に餓死者多数
養和1 7 14 養和と改元。引き続き諸国大飢饉
      『長明集』成立と伝 。「春しあればことしも花は咲きにけり散るを惜しみし人はいずらは」
寿永1 1182 5 27 28 寿永と改元
    この年、引き続き諸国大飢饉。京中に餓死者数万人
寿永2 1183 7   29 平家都落ち。木曽義仲、入京。この頃、長明、俊惠に入門か?
寿永3 1184 1     義仲、征夷大将軍を拝命。義仲、義経らに破れ粟津にて戦死(31歳)
元暦1 1184 4 16 30 元暦と改元
    京中に群盗横行
    長明、祖母 の家を出る
元暦2 1185 3   31 源義経、壇ノ浦にて平氏を破る
5   京都に疫病大流行
7 9 京都に大地震
文治1 8 14 文治と改元。東大寺で大仏開眼供養
11   頼朝、諸国に守護地頭を置く
文治2 1186 閏7   32 頼朝、静御前の生んだ義経の子を由比が浜に捨てさせる
8   西行、大仏勧進の旅の途次頼朝と会談。平泉へ。長明は伊勢へ旅
文治3 1187 9   33 藤原俊成、「千載和歌集」撰進する。長明の歌1首入集
10   奥州の藤原秀衡死去
文治5 1189 閏4   35 源義経、衣川で藤原泰衡の襲撃を受け死去(31歳)
1189 9   源頼朝、奥州に出陣し藤原氏を平定
文治6 1190 2 15 36 西行、死去(73歳)
建久1 1190 4 11 建久と改元
建久2 1191 3   37 「若宮歌合」に入集
建久3 1192 3   38 後白河法皇死去(66歳)
7   源頼朝、征夷大将軍になる。鎌倉幕府
8 9 源実朝生誕
    慈円が天台座主に就任
建久7 1195     41 東大寺大仏落慶
建久7 1196 11   42 九条兼実、関白・氏の長者を罷免され、一族も粛清される
建久9 1198 1   44 後鳥羽天皇譲位し土御門天皇即位。
3   法然、『選択本願念仏集』発表。文覚、佐渡へ配流
建久10 1199 1   45 源頼朝死去(53歳)
正治1 4 27 正治と改元
正治2 1200     46 長明、 「百首和歌」・「三百六十番」歌合の歌人に選ばれ、歌壇で活躍
建仁1 1201 2 20 47 建仁と改元
7 26 和歌所設置。長明、 和歌所寄人に抜擢さる。この 年、長明の歌壇活動最盛期を迎える
11 3 後鳥羽上皇、勅撰集編纂の勅
建仁2 1202 10   48 源通親(道元の父)死去(54歳)
建仁3 1203 11   49 藤原俊成卿九十賀に出詠
元久1 1204 2 20 50 元久と改元。
    この頃、河合神社の禰宜職就任を鴨祐兼の反対で実現せず。長明、大原へ隠遁 出家
11   藤原俊成死去(91歳)
元久2 1205 3   51 藤原定家ら、『新古今集』撰進。長明の歌10首入集
元久3 1206 2 1 52 隆暁法印死去。享年72歳
6   重源死去(86歳)
元久4 1207 2   53 法然および親鸞ら一向念仏宗徒、一斉に流罪
4   九条兼実没(59歳)
承元1 10 25 承元と改元
承元2 1208     54 長明、大原から 「方丈記」の舞台=日野に転居
承元3 1209 8 13 55 藤原定家、3代将軍実朝に『近代秀歌』贈る
建暦1 1211 3 9 57 建暦と改元
10 13 長明、飛鳥井雅経と共に鎌倉に行き、源実朝に対面して歌論を講ず。この頃『無名抄』執筆と伝
建暦2 1212 1   58 源空坊法然死去(80歳)
3 30 「方丈記」なる
建保1  12 6 建保と改元
12 13 建礼門院(平徳子)死去(57歳)
建保2 1214     60 『発心集』成立と伝えられる
建保3 1215 1   61 北条時政没(78歳)
7   61 榮西死去(75歳)
建保4 1216 2   62 後鳥羽上皇「百首和歌」成る
閏6 9 鴨長明死去、享年64歳
11     源実朝、渡宋を計画。陳和卿に造船を依頼
建保5 1217 4     実朝計画の渡宋のための舟が浮かばず、断念
建保6 1218       この頃迄に「宇治拾遺物語」成る
建保7 1219 1 27   源実朝、鶴岡八幡宮において甥の公暁に刺殺さる
承久1 1219 4 12   承久と改元
承久2 1220       この頃迄に慈円「愚管抄」成る
承久3 1221 5     後鳥羽上皇、「承久の変」を起す。7月、隠岐に配流
仁治2 1242 9 26   藤原定家死去(80歳)