No34. まんじゅう怖い


三吉: 人間誰でも怖いものってぇものがあるんだ。それは何故かってえと、生まれたときに胞衣<えな>を埋めるだろう。その埋めた場所の上を最初に横切ったものがあると、それが そいつの怖いものになるんだよ。

八五郎: 何だいそのエナってのは?

三吉: お前が生まれてきたときにくっつけてきたへその緒よ。それで、八ちゃんは何が怖えぇ?

八五郎: おれは毛虫が怖えぇ。

三吉: じゃ、お前ぇの胞衣を埋めた上を最初に毛虫が横切ったんだよ。半ちゃんは何が怖えぇ?

半介: 俺はオケラだ。 オケラのやつはゴミだめをほじくるってぇと出てきやがって、兜みてぇなものを頭にくっつけて、「どのくらい大きい?」って言うと、「このくらいッ!!」って手をいっぱいひろげやがるんだ。あれが気にくわねぇ。俺はオケラが大嫌えだ。三ちゃんは何が怖えぇ?

三吉: 俺かい。俺はムカデがいやだ。 俺に、あんなに足が沢山あったらどうしよう? わらじを買うたっていくらおあしがかかるか分からねぇ。ムカデにだけはなりたくねぇ。ところで、正ちゃん、お前さっきから黙っているけど、お前ぇの怖いものはなんだい?

正一: 怖いもの? そんなものはこの俺様には無ぇ!! 人間はなぁ、万物の霊長ってぇくれぇのものだ。動物の中で一番偉ぇんだ。その人間様に怖いものがあってたまるかい。俺には怖いものも嫌いなものも断じて無ぇ。

三吉: しゃくにさわる野郎だねぇ、嫌いなものがひとつも無ぇなんてよぉ。 何かあるだろうよ!! たとえば蛇なんかどうだい?

正一: へび? 蛇なんか怖くねぇ。蛇なんか、俺は頭の痛いときには頭に巻いて寝るんだ。あいつは向こうで締め付けてくれるからとっても気持ちがいいんだぃ。

三吉: じゃ、トカゲとか、ヤモリなんかどうだい?

正一: トカゲ? ヤモリ? あんなもの俺はさんばいにして食っちゃうんだ。蟻なんかも、ごま塩にして食べちまうんだ。少し動いて食いにくいけど塩を混ぜて食べるとアジ(リ)飯になるんだ。

三吉: 本当にしゃくにさわるやつだな。じゃ、いいよ、虫やなんかじゃなくてもいいから嫌いなものは無いかい?

正一: そうかい、それまで聞いてくれるかい? それなら言うよ。俺はねぇ、饅頭が怖いんだ!!。

三吉: なに、マンジュウ?? マンジュウってあの饅頭かい。饅頭屋で売っているあの饅頭が??

正一: そうなんだ、俺は本当はねぇ、情けねぇ人間なんだ。みんなが好きな饅頭がこわくて、見ただけで心の臓が震えだすんだよ。そのままいるときっと死んでしまうと思うんだ。だから、饅頭屋の前を通るときなんど足がすくんでしまって歩けなくなるから、どんなに遠回りでもそこを避けて歩いているんだよ。江戸は近頃馬鹿に饅頭屋が増えたので、俺は困っているんだ。ああ、こうやって饅頭のことを思い出したら、もうだめだ、立っていられねぇ。そこへ寝かしておくれよ。

(八五郎、三吉と半介の三人は、正一が寝ている間に山ほど饅頭を買ってきてそれを枕元に置いて、正一が起きたらそれを見て恐怖のあまり死んでしまうようにしようと衆議一決。)

三人: かまうもんか、あの野郎が死んだって、殺したのは饅頭であって俺たちじゃねぇ。

三吉: おい、奥でごそごそいい出したぜ。野郎起きたんじゃねぇかい。障子に穴を開けてそっと見てみようじゃねえかい。

八五郎: おい、大変だ!! 野郎泣きながら、饅頭を食ってるぜ!! 饅頭怖いってのは嘘じゃぁないかい??。

(障子を開けて)

三人: おい、正ちゃんよぉ!! お前、俺たちに饅頭が怖いって嘘をついたなぁ。太てぇ野郎だ。本当は何が怖いんだい???。

正一: ごめんごめん、いま饅頭が喉につっけぇて苦しいんだ。本当は、俺は「一盃のお茶」が怖えぇんだ。