「戸田如水日記抄」抜粋

 大垣藩次席家老戸田如水は、大垣藩士の多く、また藩内の豪商達が芭蕉門下であるところから、どんな人間か見たくなったのであろう。元禄2年9月4日、おりしも「奥の細道」の旅を終えて、大垣蕉門の重鎮で元大垣藩士近藤如行邸でくつろいでいる芭蕉を自邸に呼んだ。ただし、如水は保守的な人らしく、「他者故、室下屋にて」会見をした。しかし、その印象は、心底は分からないとはいえ、「浮世を安く見なし、へつらわず奢らざる有様也」として、好印象を持ったらしい。その為であろう、如水は9月5日、その翌日伊勢に出立する予定の芭蕉に贈り物を届けている。

(元禄2年9月)四日
一 桃青事(門弟ハ、芭蕉ト呼)、如行方に泊り、所労昨日より本復の旨承るに付き、種々申し、他者故、室下屋にて、自分病中といへども忍びにて初めて之を招き対顔。その歳四拾六、生国は伊賀の由。尾張の俳諧者越人・伊勢路の曾良両人に誘引せられ、近日大神宮御遷宮これ有る故、拝みに伊勢の方へ一両日の内におもむくといへり。今日芭蕉体は布裏の本綿小袖(帷子ヲ綿入トス。墨染)、細帯に布の編服。路通は白き木綿の小袖。数珠を手に掛くる。心底計り難けれども、浮世を安く見なし、へつらわず奢らざる有様也。
五日
一 芭蕉・路通明日伊勢の地へ越ゆる由申すに付き、風防のため南蛮酒一樽・紙子二表、両人の頭巾等の用意に仕り候様に、旅宿の亭主竹島六郎兵衛ところまで申し遣はし畢ぬ。