續猿蓑

巻之下

 

春の部


續猿蓑下ノ巻へ

花 櫻 若 菜   春 草 猫 恋 春 耕  款 冬 春 雨 雑 春 歳 旦


     花 櫻
                 露沾
温石のあかるゝ夜半やはつ櫻

寝時分に又みむ月か初ざくら     其角

顔に似ぬほつ句も出よはつ櫻     芭蕉

ちか道や木の股くヾる花の山     洞木

角いれし人をかしらや花の友     丈草

花散て竹見る軒のやすさかな     洒堂

富貴なる酒屋にあそびて、文君が爪音も、
醉のまぎれに思ひいでらるゝに
酒部屋に琴の音せよ窓の花      維然

賭にして降出されけりさくら狩    支考

人の氣もかく窺はじはつ櫻      沾徳

くもる日や野中の花の北面      猿雖

七つより花見におこる女中哉     陽和

見る所おもふところやはつ櫻     乙州

咲花をむつかしげなる老木哉     木節

我庭や木ぶり見置(直)すはつ櫻   沾荷

二の膳やさくら吹込む鯛の鼻     子珊

蓑虫の出方にひらく櫻かな      卓袋

田家
蒟蒻の名物とはんやま櫻       李里

咲かゝる花や飯米五十石       桃首

山門に花ものものし木のふとり    一桐

ながれ木の根やあらはるゝ花の瀧   如雲

花笠をきせて似合む人は誰      其角

はれやかに置床なほす花の春    少年一鷺

ぬり直す壁のしめりや軒の花     卓袋

一日は花見のあてや旦那寺      沾圃

八重櫻京にも移る奈良茶哉      仝

  若 菜

濡縁や薺こぼるゝ土ながら      嵐雪

梟の啼やむ岨の若菜かな       曲翠

夕波の船にきこゆるなづな哉     孤屋

一かぶの牡丹は寒き若菜かな     尾頭

   附 柳

春もやゝ氣色とゝのふ月と梅     芭蕉

きさらぎや大K棚もむめの花     野水

守梅のあそび業なり野老賣      其角

里坊に碓きくやむめの花       昌房

投入や梅の相手は蕗のたう      良品

病僧の庭はく梅のさかり哉      曾良

あたらしき翠簾まだ寒し梅花     万乎

薄雪や梅の際まで下駄の跡      魚日

しら梅やたしかな家もなきあたり   千川

寐所や梅のにほひをたて籠ん     大丹

天神のやしろに詣て
身につけと祈るや梅の籬ぎは     遊糸

それぞれの朧のなりやむめ柳     千那

時々は水にかちけり川やなぎ     意元

ちか道を教へぢからや古柳     江東李由

青柳のしだれくヾれや馬の曲     九節

輪をかけて馬乗通る柳かな      巴丈

    附 魚

鶯に長刀かゝる承塵かな       其角

うぐひすや野は塀越の風呂あがり   史邦

鶯に手もと休めむながしもと     智月

鶯や柳のうしろ藪のまへ       芭蕉

瀧壺もひしげと雉のほろゝ哉     去来

春雨や簔につゝまん雉子の聲     洒堂

駒鳥の目のさやはずす高根哉     傘下

こま鳥の音ぞ似合しき白銀屋     長虹

燕や田をおりかへす馬のあと     野童

巣の中や身を細しておや燕     少年峯嵐

雀子や姉にもらひし雛の櫃      槐市

蝿うちになるゝ雀の子飼哉      河瓢

行鴨や東風につれての磯惜み     釣箒

芳野西河の瀧
鮎の子の心すさまじ瀧の音      土芳

かげろふと共にちらつく小鮎哉    圃水

しら魚の一かたまりや汐たるみ    子珊

白魚のしろき噂もつきぬべし     山蜂

深川に遊びて
しら魚をふるひ寄たる四手哉     其角

  春 草

なぐりても萌たつ世話や春の草    正秀

若草や松につけたき蟻の道      此筋

春の野やいづれの草にかぶれけん   羽紅

川淀や淡をやすむるあしの角     猿雖

宵の雨しるや土筆の長みじか     闇指

味ひや櫻の花によめがはぎ      車來

茨はら咲添ふものも鬼あざみ     荒雀

堤よりころび落ればすみれ哉     馬見

踏またぐ土堤の切目や蕗の塔     拙侯

ふみたふす形に花さく土大根     乃龍

早蕨や笠とり山の柱うり       正秀

みそ部屋のにほひに肥る三葉哉    夕可

日の影に猫の抓出す獨活芽哉     一桐

蒲公英や葉にはそぐはぬ花ざかり    圃箔

  猫 恋  附 胡蝶

我影や月になを啼猫の恋       探丸

うき恋にたえてや猫の盗喰      支考

おもひかねその里たける野猫哉    ミノ巳百

白日しづか也
とまりても翔は動く胡蝶かな     柳梅

衣更着のかさねや寒き蝶の羽     維然

蝶の舞おつる椿にうたるゝな     闇指

風吹に舞の出來たる小蝶かな    出羽重行

昼ねして花にせはしき胡蝶哉     雪□

  春 鹿

振おとし行や廣野の鹿の角      沢雉

  春 耕

妙福のこゝろあて有さくら麻     木節

苗札や笠縫をきの宵月夜       此筋

千刈の田をかへすなり難波人     一鷺

   附 椿

白桃やしづくも落ず水の色      桃隣

金柑はまだ盛なり桃の花       介我

伏見かと菜種の上の桃の花      雪芝

梅さくら中をたるます桃の花     水鴎

花さそふ桃や哥舞伎の脇躍      其角

江東の李由が、祖父の懐旧の法事に、お
のおの経文題のほつ句に、弥陀の光明と
いふ事を、

小服綿に光をやどせ玉つばき     角上

穂は枯て臺に花咲椿かな       残香

取あげて見るや椿のほぞの穴     洞木

ちり椿あまりもろさに續で見る    野坡

  款 冬 附 躑躅 藤

山吹や垣に干たる簔一重       闇指

田家の人に對して
吹も散るか祭のふかなます      洒堂

堀おこすつゝじの株や蟻のより    雪芝

藪疇や穂麥にとヾく藤の花      荊口

  春 月

山の端をちから貌なり春の月    長崎魯町

  春 雨 附 春雪 蛙

物よはき草の座とりや春の雨     荊口

咄さへ調子合けり春の雨       乃龍

春雨や唐丸あがる臺どころ      游刀

なにがし主馬が武江の旅店をたづねける
時、
春雨や枕くづるゝうたひ本      支考

はる雨や光りうつろふ鍛冶が鎚    桃首

淡雪や雨に追るゝはるの笠      風麥

行つくや蛙の居る石の直       風睡

  汐 干

のぼり帆の淡路はなれぬ汐干哉    去来

品川に富士の影なきしほひ哉     闇指

  雑 春

出がはりやあはれ勸る奉加帳     許六

若草やまたぎ越たる桐の笛      風睡

Kぼこの松のそだちやわか緑     土芳

かげろふや巌に腰の掛ちから     配力

小米花奈良のはづれや鍛冶が家    万乎

聲毎に獨活や野老や市の中      苔蘇

木の芽だつ雀がくれやぬけ参        ミノ均水

春の日や茶の木の中の小室節     正秀

三尺の鯉はねる見ゆ春の池      仙化

引鳥の中に交るや田蝶とり      支浪

  三 月 尽

朧夜を白酒賣の名殘かな       支考

  歳 旦

若水や手にうつくしき薄氷     少年武仙

莚道は年のかすみの立所哉      百歳

鶯や雑煮過ての里つヾき       尚白

蓬莱の具につかひたし螺の貝     沾圃

母方の紋めづらしやきそ始      山蜂

詩にいへる衣裳を顛倒すといふ事を、老
父の文に書越し侍れば、
元日や夜ぶかき衣のうら表      千川

人もみぬ春や鏡のうらの梅      芭蕉

明る夜のほのかに嬉しよめが君    其角

楪の世阿彌まつりやかづら     嵐雪

萬歳や左右にひらひて松の陰     去来

鶯に橘見する羽ぶきかな       土芳

はつ春やよく仕て過る無調法     風睡

冬年孫をまうけて
元日やまだ片なりの梅の花      猿雖

子共にはまづ惣領や藏びらき     蔦雫

背たらおふ物見せばや花の春     野童

歯朶の葉に見よ包尾の鯛のそり    耕雪

鮭の簀の寒氣をほどく初日哉     左柳

はつ春や年は若狭の白比丘尼     前川

枇杷の葉のなを慥也初霞       斜嶺

世の業や髭はあれども若夷      山蜂

濡いろや大かはらけの初日影     任行

元日や置どころなき猫の五器     竹戸

我宿はかづらに鏡すえにけり     是樂

搗栗や餅にやはらぐそのしめり    沾圃

虫ぼしのその日に似たり藏びらき   圃角


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