徒然草(下)

第196段 東大寺の神輿、東寺の若宮より帰座の時、


 東大寺の神輿、東寺の若宮より帰座の時*、源氏の公卿参られけるに*、この殿、大将にて先を追はれけるを*、土御門相国*、「社頭にて、警蹕いかゞ侍るべからん*」と申されければ、「随身の振舞は、兵杖の家が知る事に候*」とばかり答へ給ひけり。

 さて、後に仰せられけるは、「この相国、北山抄を見て、西宮の説をこそ知らざりけれ。眷属の悪鬼・悪神恐るゝ故に、神社にて、殊に先を追ふべき理あり*」とぞ仰せられける。

 

東大寺の神輿、東寺の若宮より帰座の時:奈良東大寺のみこしが、京都の東寺の若宮八幡宮から奈良に帰るについて、。

源氏の公卿参られけるに:八幡神社は源氏の氏神で、それが移動するについては源氏のものが随ったのであろう。

この殿、大将にて先を追はれけるを:<このとの、だいしょうにておわれけるを>と読む。この殿は、前段の源通兼でこの当時右大将。彼が行列の先払いだったのである。

土御門相国:源定実(1241〜1306)。太政大臣(=相国)。

社頭にて、警蹕いかゞ侍るべからん:<しゃとうにて、けいひついかがはべるべからん>。「警蹕<けいひつ>」は、天皇や貴人の通行などのときに、声を立てて人々をかしこまらせ、先払いをすること。また、その声。「おお」「しし」「おし」「おしおし」などと言った(『大字林』より)。こういう声を神社の社前で言うのは如何なものであろう。

随身の振舞は、兵杖の家が知る事に候:<ずいしんのふるまいは、ひょうじょうのいえがしることにそうろう>と読む。付き人の行動は、兵事を司る家の役目だよ、と言った。源通兼の家は、文官だった。

この相国、北山抄を見て、西宮の説をこそ知らざりけれ。眷属の悪鬼・悪神恐るゝ故に、神社にて、殊に先を追ふべき理あり:これは通兼の発言。「土御門相国は、『北山抄<もくざんしょう>』のみを見て、『西宮記<せいきゅうき>』を見ないからだ。警蹕を神社の社頭でも発するのは、八幡宮に付随している眷属にとりついている悪鬼や悪霊を恐れるためで、先払いする必要があるからだ」と言ったという。『北山抄』も『西宮記』もこの時代一等の有職故実ハウツー本だったという。


 有職故実にうるさい兼好法師ゆえにここでは久我内大臣の肩を持っているのであろう。


 とうだいじのしんよ、とうじのわかみやよりきざのとき、げんじのくぎょうまいられけるに、このとの、だいしょうにてさきをおわれけるを、つちみかどのしょうこく、「しゃとうにて、けいひついか がはんべるべからん」ともうされければ、「ずいしんのふるまいは、ひょうじょうのいえがしることにそうろう」とばかりこたえたまいけり。

 さて、のちにおおせられけるは、「このしょうこく、ほくざんしょうをみて、せいきゅうのせつをこそしらざりけれ。けんぞくのあくき・あくじんおそるるゆえに、じんじゃにて、ことにさきをおうべきことわりあり」とぞおおせられける。