『山梨工業会誌』1996.9

世界に開かれた大学をめざして

山梨大学情報処理センター長

伊 藤  洋


index

情報の教育化から教育の情報化へ

情報処理センター略史

情報処理センターの設備と組織

先進のYINSネットワーク・・・大学改革の中核的メディアとして・・・

FDDIループ

ATMマルチメディアネットワーク

ネットワークリテラシーを求めて

新しい学術情報の中心として

新たな飛躍を求めて


1. 情報の教育化から教育の情報化へ

1.1 情報処理センター略史

 山梨大学情報処理センターの歴史は古く1965年4月,「山梨大学計算機室」の開設にさかのぼります.その電子「計算機室」が大きな変化を開始したのは,1982年6月情報処理センターと改称され,初代センター長に林英輔教授が就任してからです.林センター長は,山梨大学と東京大学大型計算センター間を結ぶデータ通信回線の構築に努力され,再三にわたってその回線速度の増強に努力されました.そして小規模大学の泣き所であった大型高速コンピュータ資源の不足をネットワークによるオンライン利用という方式で補完することに心血を注がれました.また,センターの「計算機」をコミュニケーションサーバーとして,研究者の端末から東大大型計算センターのコンピュータ資源が利用できるように学内ネットワークの整備に注力され,この延長線上でキャンパスネットワークの新鋭化とインターネット化(IP化)を押しすすめてこられました.林センター長の12年間の長きにわたる在任と献身的な努力は今日の山梨大学情報処理センターの確固たる礎となっています.
  こうして,情報処理センターは,研究面では学内外のコンピュータ資源を教職員に提供する計算機センターとして,教育面では情報処理教育のセンターとして位置づけらました.これらの一連の歴史はせんじ詰めれば「情報の教育化」でありました.
  しかし,工業化社会が成熟し情報化社会へとパラダイムをシフトし,またインターネットに象徴されるように地球的な規模で情報資源が提供されるようになってきますと,大学の研究内容も変化を迫られます.情報科学や社会科学の研究はいうまでもなく,人文学までもが情報をキーワードとするようになってきました.これを要するに「情報の研究化」から「学術研究の情報化」が開始されたといっても過言ではありません.
  同様に教育面でも,数値計算法やプログラミングなどのコンピュータリテラシーを教えるだけの情報処理教育から,教育そのものを情報化して行こうとする大学教育の質的転換が学内に起こり始めました.これを要するに,「情報の教育化」という第一世代の動きから,いま「教育の情報化」という広範で革命的な変化が求められるようになってきたということができます.これは,巷間叫ばれている「大学改革」の主要テーマでもありますが,このトレンドに無事棹差して行けるか否か,いま山梨大学の力量が問われています.

1.2. 情報処理センターの設備と組織

 情報処理センターの役割は大きく分類しますと次の3種類になります.
コンピュータ資源と教育情報環境の提供
学内バックボーンネットワークの構築・管理とサブネットワーク構築支援
学外とのネットワーク接続および地域支援
です.
 計算機資源として現在センターが保有しているのは,
並列処理計算機を用いた科学技術計算サーバー,
画像処理を専門とするグラフィックスサーバー,
翻訳やテキストを理解する知識情報サーバー,
山梨大学の情報を外部に発信するWWWサーバーやメイリングスプールサーバーなどインターネットサービス用ワークステーション群,
情報処理教室の端末群100台とそれらをグループ管理する教育用サーバー,
マルチメディア動画情報を制作するためのオーサリングツールとそのコンテンツを格納・配信するためのマルチメディアデータベースサーバー,
附属図書館など気軽に利用できる場所に設置したKIOSK端末20台,
ATM回線に接続されて遠隔多地点間で動画映像を見ながら行うTV会議システム,
内外のLAN間をIP接続するためのルータ群,それに,
ネットワークのトラフィックやユーザー情報,課金情報を管理するコミュニケーションサーバーなどの分散サーバー群,および
高速プリンター・ネットワークプリンターやスキャナー,ビデオ装置などの周辺装置群です.
 このように本センターの計算機資源は完全な分散処理システムになっており,その拡張性や個々のシステムのスループットは極めて高いものになっています.なお,科学技術計算のうち大容量のもについては東大大型計算センターなど学外のスーパーコンピュータ等を利用し,センターとしては自らの資源の有効利用を図るように適切な資源配分を図っています.その結果,山梨大学の東京大学大型計算センター利用実績は,関東甲信越静地域では東京大学に次いで第2位を毎年キープしています.
 情報処理教室としては,センター本館内に60台の端末を有するものと,40台のそれ(分室)と2教室があります.これらの教室は常時使用され,現在では年間62科目(1996年度開講予定),延べ1,074人(1995年度実績値)の受講生が利用しています.特に分室は年末年始を除いて24時間無休で学生に提供しています.前述のように,教育の情報化が進んできましたので,この数は今後とも増加の一途を辿るであろうことが容易に推測されます.
 情報処理センターの組織は,システム管理室と研究開発室および事務部門からなっています.しかし,実態は常勤技官1名に非常勤職員2名,それに併任センター員12名とセンター長というボランティア組織で運営されています.センター員は,上述の分散システムをそれぞれ得意分野ごとに分担し,それぞれが全責任を持って管理しています.附属学校を入れてユーザー総数5,000人余の世帯を切り盛りするのは並大抵の労苦ではありませんが,いずれも一騎当千のセンター員からは未だ弱音や苦情を聞いたことがありません.しかし,センターの規模や役割は今後も一層高まりますので,こういう善意にすがるだけの組織にはもはや限界がきています.後述するように,組織の根本的な見直しがいまセンターに強く迫られています.

2.先進のYINSネットワーク・・・大学改革の中核的メディアとして・・・

2.1.FDDIループ

 山梨大学のキャンパスネットワーク(Yamanashi-university Information Network Systemの頭文字をとってYINSと記し,山梨大学の特色であり,かつ山梨県の特産品でもあるワインをもじって,「ワインズ」と呼称しています.)は,他にあまり例のない極めて先進的なものになっています.
 1994年には,それまで使用していた光ファイバを入れ替え,学内に四つのループ状のFDDI(Fiber Distributed Digital Interface)網を敷設しました.FDDIは,100Mbpsの伝送容量をもつネットワークです.100Mbpsという回線容量は,皆さんが公衆回線経由のファクシミリやパソコン通信で使っている伝送容量が最高でも28.8kbpsですから,そのことからもこれが大変早い回線であることがお分かり頂けると思います.この4回線のFDDI回線から,ルーターを介して46のサブネットに情報は伝送されていきます.サブネットは主にイーサーネットでできており10Mbpsの高速でイントラネットを形成しています.
 このイーサーネットは確かに伝送容量は高いのですが媒体共有型のネットワークですから,ユーザーがランダムに情報を受発信するシステムでは信号の衝突が頻繁に発生します.利用がたて込んだ時には実質の速度は大幅にダウンします.FDDIも同様で,ラッシュのときにはジッタという時間的な情報の脈流が起り,流れる情報が間歇します.それでもメールや静止画などを伝送するには何の不都合もありませんが,動画や音声のようなマルチメディア情報を伝送するにはこの方式は不向きです.

2.2.ATMマルチメディアネットワーク

 そこで情報処理センターではマルチメディアに対処するために,今春よりATM(Asynchronous Transfer Mode)回線をFDDIとは独立に敷設しました.この回線は,媒体占有型のネットワークでありパケット通信と回線交換の利点を併せ持ったネットワークです.セルと呼ばれる53バイトの情報の中に,アドレス情報が内蔵されているために,発信された情報自らが回線経路と回線容量の両方をネットワークノードのスイッチング機能によって確保しつつ伝送されます.たとえてみれば,列車が転てつ機を自ら入れ替えながら目的地に向かって走るようなものです.(こういう機能をバーチャルパスといいます.)動画のように時間的に連続した早い情報を送りたい場合にはその情報速度に応じて何本も列車を送り出せばよいし,音声のようにそれほど早くはない連続情報を送りたい場合にはそれより間延びした時間間隔で列車を仕立てればよいでしょう.(こういう機能をバーチャルチャネルといいます)また,電子メールのようなテキストや静止画などではしいてラッシュアワーに乗せなくても空き時間帯に信号を送出すればよいでしょう.このように,ATMシステムでは情報サービスの品質(QoS=Quality of Service)を設定することもできるようになっています.この方式ですとユーザはあたかも自分一人でネットワークを占有しているようにみえますのでATM網のことを媒体占有型ネットワークといいます.実際には一人のユーザがネットワークを占有しているのではなく,各ユーザの情報を一定時間ずつタイムシェアリングして供与しているだけなのですが,その高速性ともあいまって無人の野を行く気分でネットワークが利用できます.ここでは,信号の衝突によって情報の廃棄が起りませんので,CATVなどと同じように,音声や動画映像を途切れることなく伝送させることができ,マルチメディアに最適なネットワークになっているのです.ATMは,次世代のデジタル広域通信網B−ISDNの基本技術になるとされ,本学での使用実績は将来への技術移転の資源になるものと期待されています.
 山梨大学のATM網(スーパーYINS)は,図のようにまずバックボーン(最上位網)を622Mbpsのシングルモード光ファイバで連結し,ここから学内の14個所に向かって放射状に光ファイバが155Mbpsの伝送速度でつながれています.その先には,ATM対応インテリジェントスイッチングハブが接続され,そこから各ユーザーに向かって実効的に100Mbpsまたは10Mbpsの10Base−Tで伝送されますが,網全体はLANエミュレーションというネットワークOSで管理され,利用者からみると従来のFDDI環境と違和感は全くないように設計してあります.この回線を使うと,国際標準のデジタルTVの規格であるMPEG1で,クライアント端末までテレビ映像を伝送することが可能になります.

 情報処理センターでは,学内ユーザに向けてマルチメディア情報を伝送するよう,いまシステムの強化を図っています.それとは別に,学内のマルチメディア講義室6室にセットトップボックスを設置して,そこに動画データベースを配信し,講義に利用できるシステムを構築しました.こういうシステムをビデオオンディマンド(VOD)といいます.生まれたときからカラーTVを見て育った現代の学生に,セピア色の講義ノートを黒板に書き写すだけの講義ではもはや訴求力は望めません.もちろんこのネットワークはインターネットに接続されていますから,生きた世界の情報が講義室に届けられているわけで地球的な規模の学術情報が居ながらにして用意されていることになります.今後,教官がこれをどう駆使していくか,字面だけではない「大学改革」の原動力になるものとセンターでは考えています.また,このような情報環境の広がりは大学における教科そのものをも革新させずにはおかないでしょう.たとえば,外国語などについても単によその国の言語を理解するというレベルから異文化の文化記号論的理解というように考え方を変えている先験的な教官がいます.あるいは,環境問題を世界的な観測インターネットワークの形成という組織づくりと併せて研究して行こうとしている行動的な人もいます.情報化という新たなパラダイムの中で大学の本質も大きく変化しようとしているのです.


2.3.ネットワークリテラシーを求めて

 このように先進的なYINSには,46のサブネットを通じていま1,200台のクライアントが常時接続され年中無休で動いています.一ヶ月に山梨大学構内を往き来する情報のトラフィック量は,1,800億オクテット(オクテットは八ビット)にもなりました.これを四百字詰め原稿用紙に換算しますと何と22億5,000万枚という途方もない数値になります.原稿用紙でこれだけの情報をやり取りしたら山梨大学は今ごろ紙に押しつぶされていたことでしょう.図2に,過去5年間のYINSのトラフィック量の推移を図示しました.ネットワーク利用が着実に増加してきたことと,昨年から驚異的な増加を示していることがこの図から分かります.この急激な伸びは,実は山梨大学情報処理センターが昨春から全国の大学にさきがけて4,000人の学生全員にネットワーク利用権(アカウント)を供与しているからに他なりません.全学生にアカウントを発行するということは,情報処理センターのドメインネームサーバーに全員の名前とネットワークアドレス,それにパスワードを登録するのですから言うべくして大変な作業ですが,センター職員の廣嶋くに代文部技官をはじめ,寒川恵美子,今村千春非常勤職員の献身的作業によってかろうじて実行されています.こういう無謀ともいえる政策をあえて実行しているのは,学内から情報化社会に出ていく人材のネットワークリテラシーは何があっても担保しておきたいという強い要望があってのことです.
 こういう先進的な情報環境にいち早く適応するように山梨大学附属小中学校はいまや全国から熱い目で注目されるインターネット教育先進校になりました.これは教育学部附属教育実践研究指導センターが,YINS上に附属学校園向けの情報環境を整備したことがあずかって大きかったのです.そこでは子供たちが外国の小中学生とEメールで交歓するなどというのはもう朝飯前のこと.人口や経済データから気象,文化,芸術にいたるまで世界中のデータベース資源を縦横に操りながら社会科の勉強を,あるいは遠隔の地にあるリモートコントロールTVカメラの提供されているサイトから水中生物の映像を摂取して理科の勉強を,という具合に生きた教材を生きたまま利用し学習しています.これらの子供たちが社会に出て行くときこの国のありようは大きく確実に変化するであろうと確信を持っていうことができます.本センターのWWWを経由して附属小中学校のホームページを一度訪ねて見てください.子供たちの歓声がインターネットを通じて間違いなく皆さんの耳に届くはずですから.

3.新しい学術情報の中心として

 1994年を「インターネット元年」と称し,以後この話題が新聞やテレビで報道されない日はないほどいまやブームになっているインターネットです.大学にいてこのいささか常軌を逸した騒ぎを眺めていますとこれはどうも少々オーバーヒートではないかとさえ思えてきます.といいますのは,山梨大学ではコンピュータのネットワーク利用はすでに10年以上の実績を有し,インターネットの前身であるJUNETによる接続でも1991年から開始し,インターネットへの変更も当初から成し遂げていたからです.
 インターネットは,言うまでもなくLANとLANを結ぶLAN間接続のネットワークのことです.不特定多数のLAN間を結ぶのにTCP/IPというプロトコル群を使うことで世界中の同様のプロトコル群を採用しているLANとの間で情報交換ができるのがインターネットです.そして,誰言うともなく,TCP/IPがLAN間接続の標準プロトコルだということになって,ここにデファクトスタンダードとしてのTCP/IPプロトコル群ができあがりました.
 山梨大学のLANであるYINSはもちろんインターネットプロトコルを採り入れて運用しています.そして,これは国内網としては東京大学に直接に1.5Mbpsの回線容量で「TRAIN(Tokyo Regional Academic Inter-Network)」の名称で接続されています.また,山梨県内の学術情報ネットワークのNOC(Network Operating Center)としての役割も本センターが果たしていますから,山梨医科大学,都留文科大学など五つの国公私立大学,山梨県工業技術センターなど二つの公設試験研究機関,山梨県情報教育センター,山梨県環境科学研究所など教育研究を主体とした組織や十のモデル小中高等学校など甲信越3県にまたがる20組織が本センター配下に「TRAIN山梨」の名称で接続されています.TRAINは関東甲信越静地域の大学等114組織でできていますが,実にその2割弱が本学をNOCとして接続されています.
 こういう学術情報ネットワークだけではなく,地域の民間組織にも学校法人サンテクノカレッジを介してつなげており,山梨県内のほぼ90%が本学の経路制御を受けて県域インターネットを形成しています.したがって,こういう対外ネットワークとの接続やルーティング管理,技術支援などの仕事が情報処理センターの第三の主要な業務になっています.

4.新たな飛躍を求めて

 このように学内外から大いに期待されている山梨大学情報処理センターですが,実は山梨大学の学則だけに定められた学内施設に過ぎません.だから,職員も常勤で1名だけ割り当てられた小さな組織です.これを「山梨大学総合情報処理センター」という文部省令で定められたセンターにしようと,林前センター長以来10年要求し続けてきましたが,未だ実現していません.総合情報処理センターになりますと,常勤助教授1名と常勤技官3名,常勤事務官1名の定員が配分されることになっていますが,文部省の方針は「規模の大きい大学から順次2校指定」であり,いま国立大学20余の大学が終えたばかりですから,2学部しか持たない山梨大学としては総合化への道は,険しく遠い道のりになっています.しかし上述のように,大学の規模は小さくても本学の情報化は他に比較して際立って高いレベルを形成しています.それゆえ,一日も早く「総合情報処理センター」への昇格を熱望しているのです.
 以上,山梨大学情報処理センターを紹介させて頂きました.会員諸氏の強力なご支援をお寄せ下さい.インターネットのアドレス等を記しておきます.これを機にYINSをぜひご訪問下さり,母校の様子を見学して下さいますようご案内申し上げます.