春の日

解説

   



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曙見んと、人々の戸叩きあひて、熱田の
かたにゆきぬ。渡し舟さはがしくなりゆく
比、并松のかたも見えわたりて、いとのど
かなり。重五が枝折をける竹墻ほどちかさ
にたちより、けさのけしきをおもひ出侍る
二月十八日

              荷兮

春めくや人さまざまの伊勢まいり

 櫻ちる中馬ながく連        重五

山かすむ月一時に舘立て       雨桐

 鎧ながらの火にあたる也      李風

しほ風によくよく聞ば鴎なく     昌圭

 くもりに沖の岩黒く見え      執筆

須广寺に汗の帷子脱かへむ      重五

 をのをのなみだ 笛を戴く      荷兮

文王のはやしにけふも土つりて    李風

 雨の雫の角のなき草        雨桐

肌寒み一度は骨をほどく世に     荷兮

 傾城乳をかくす晨明        昌圭

霧はらふ鏡に人の影移り       雨桐

 わやわやとのみ神輿かく里     重五

鳥居より半道奥の砂行て       昌圭

 花に長男の帋鳶あぐる比      李風

柳よき陰ぞこゝらに鞠なきや     重五

 入かゝる日に蝶いそぐなり     荷兮

うつかりと麥なぐる家に連待て    李風

 かほ懐に梓きゝゐる        雨桐

黒髪をたばぬるほどに切残し     荷兮

 いともかしこき五位の針立     昌圭

松の木に宮司が門はうつぶきて    雨桐

 はだしの跡も見えぬ時雨ぞ     重五

朝朗豆腐を鳶にとられける      昌圭

 念佛さぶげに秋あはれ也      李風

穂蓼生ふ蔵を住ゐに侘なして     重五

 我名を橋の名によばる月      荷兮

傘の内近付になる雨の昏に      李風

 朝熊おるゝ出家ぼくぼく      雨桐

ほとゝぎす西行ならば哥よまん    荷兮

 釣瓶ひとつを二人してわけ     昌圭

世にあはぬ局涙に年とりて      雨桐

 記念にもらふ嵯峨の苣畑      重五

いく春を花と竹とにいそがしく    昌圭

 弟も兄も鳥とりにいく       李風


三月六日野水亭にて         且藁
なら坂や畑うつ山の八重ざくら    

 おもしろふかすむかたがたの鐘   野水

春の旅節供なるらん袴着て      荷兮

 口すゝぐべき清水ながるゝ     越人

松風にたをれぬ程の酒の酔      羽笠

 賣のこしたる虫はなつ月      執筆

笠白き太秦祭過にけり        野水

 菊ある垣によい子見てをく     且藁

表町ゆづりて二人髪剃ん       越人

 暁いかに車ゆくすじ        荷兮

鱈負ふて大津の濱に入にけり     且藁

 何やら聞ん我國の聲        越人

旅衣あたまばかりを蚊やかりて    羽笠

 萩ふみたをす万日のはら      野水

里人に薦を施す秋の雨        越人

 月なき浪に重石ををく橋      羽笠

ころびたる木の根に花の鮎とらん   野水

 諷尽せる春の湯の山        且藁

のどけしや筑紫の袂伊勢の帯     越人

 内侍のえらぶ代々の眉の圖     荷兮

物おもふ軍の中は片わきに      羽笠

 名もかち栗とぢゝ申上ゲ      野水

大年は念佛となふる恵美酒棚     且藁

 ものごと無我によき隣也      越人

朝夕の若葉のために枸杞うへて    荷兮

 宮古に廿日はやき麥の粉      羽笠

一夜かる宿は馬かふ寺なれや     野水

 こは魂まつるきさらぎの月     且藁

陽炎のもえのこりたる夫婦のいて   越人

 春雨袖に御哥いたゞく       荷兮

田を持て花みる里に生れけり     羽笠

 力の筋をつぎし中の子       野水

漣や三井の末寺の跡とりに      且藁

 高びくのみぞ雪の山々       越人

見つけたり廿九日月さむき      荷兮

 君のつとめに氷ふみわけ      羽笠


三月十六日 且藁が田家にとまりて   野水
蛙のみきゝてゆゝしき寝覚かな

 額にあたるはる雨のもり      且藁

蕨烹る岩木の臭き宿かりて      越人

 まじまじ人をみたる馬の子     荷兮

立てのる渡しの舟の月影に      冬文

 芦の穂を摺る傘の端        執筆

磯ぎはに施餓鬼の僧の集りて     且藁

 岩のあひより藏みゆる里      野水

雨の日も瓶燒やらん煙たつ      荷兮

 ひだるき事も旅の一つに      越人

尋よる坊主は住まず錠おりて     野水

 解てやをかん枝むすぶ松      冬文

今宵は更たりとてやみぬ。同十九日荷兮室にて

咲わけの菊にはおしき白露ぞ     越人

 秋の和名にかゝる順        且藁

初厂の声にみずから火を打ぬ     冬文

 別の月になみだあらはせ      荷兮

跡ぞ花四の宮よりは唐輪にて     且藁

 春ゆく道の笠もむつかし      野水

永き日や今朝を昨日に忘るらん    荷兮

 簀の子茸生ふる五月雨の中     越人

紹鴎が瓢はありて米はなく      野水

 連哥のもとにあたるいそがし    冬文

瀧壺に柴押まげて音とめん      越人

 岩苔とりの篭にさげられ      且藁

むさぼりに帛着てありく世の中は   冬文

 莚二枚もひろき我庵        越人

朝毎の露あはれさに麦作ル      且藁

 碁うちを送るきぬぎぬの月     野水

風のなき秋の日舟に綱入よ      荷兮

 鳥羽の湊のおどり笑ひに      冬文

あらましのざこね筑广も見て過ぬ   野水

 つらつら一期聟の名もなし     荷兮

我春の若水汲に晝起て        越人

 餅を食ひつゝいはむ君が代     且藁

山は花所のこらず遊ぶ日に      冬文

 くもらずてらず雲雀鳴也      荷兮


   追加

三月十九日舟泉亭         越人
山吹のあぶなき岨のくづれ哉

 蝶水のみにおるゝ岩ばし      泉舟

きさらぎや餅洒すべき雪ありて    聽雪

 行幸のために洗ふ土器       螽髭

朔日を鷹もつ鍛冶のいかめしく    荷兮

 月なき空の門はやくあけ      執筆


   

昌陸の松とは尽ぬ御代の春      利重

元日の木の間の競馬足ゆるし     重五

初春の遠里牛のなき日哉       昌圭

けさの春海はほどあり麥の原     雨桐

門は松芍薬園の雪さむし      舟泉

鯉の音水ほの闇く梅白し       羽笠

舟々の小松に雪の残けり       且藁

曙の人顔牡丹霞にひらきけり     杜國

腰てらす元日里の睡りかな      犀夕

星はらはらかすまぬ先の四方の色   呑霞

けふとても小松負ふらん牛の夢    聽雪

朝日二分柳の動く匂ひかな      荷兮

先明て野の末ひくき霞哉       同

芹摘とてこけて酒なき剽かな     且藁

のがれたる人の許へ行とて
みかへれば白壁いやし夕がすみ    越人

古池や蛙飛びこむ水のをと      芭蕉

傘張の睡リ胡蝶のやどり哉      重五

山や花墻根かきねの酒ばやし     亀洞

花にうづもれて夢より直に死んかな  越人

春野吟
足跡に櫻を曲る庵二つ        杜國

麓寺かくれぬものはさくらかな    李風

榎木まで櫻の遅きながめかな     荷兮

餞別
藤の花たゞうつぶいて別哉      越人

山畑の茶つみぞかざす夕日かな    重五

蚊ひとつに寝られぬ夜半ぞはるのくれ 同


   

ほとゝぎすその山鳥の尾は長し    九白

郭公さゆのみ燒てぬる夜哉      李風

かつこ鳥板屋の背戸の一里塚     越人

うれしさは葉がくれ梅の一つ哉    杜國

若竹のうらふみたるゝ雀かな     亀洞

傘をたゝまで螢みる夜哉       舟泉

武蔵坊とぶらふ
すゞかけやしてゆく空の衣川     商露

逢坂の夜は笠みゆるほどに明て
馬かへておくれたりけり夏の月    聽雪

老耼曰知足之足常足
夕がほに雑水あつき藁屋哉      越人

帚木の微雨こぼれて鳴蚊哉      柳雨

はゝき木はながむる中に昏にけり   塵交

萱草は随分暑き花の色        荷兮

蓮池のふかさわするゝ浮葉かな    仝

暁の夏陰茶屋の遲きかな       昌圭

譬喩品ノ三界無安猶如火宅といへる心を
六月の汗ぬぐひ居る臺かな      越人


   

背戸の畑なすび黄ばみてきりぎりす  且藁

貧家の玉祭
玉まつり柱にむかふ夕かな      越人

雁きゝてまた一寝入する夜かな    雨桐

雲折々人をやすむる月見かな     芭蕉

山寺に米つくほどの月夜舟      越人

瓦ふく家も面白や秋の月       野水

八嶋をかける屏風の繪をみて
具足着て顔のみ多し月見哉      仝

待戀
こぬ殿を唐黍高し見おろさん     荷兮

閑居増戀
秋ひとり琴柱はづれて寝ぬ夜かな   荷兮

朝貌はすゑ一りんに成にけり     舟泉


   

馬はぬれ牛ハ夕日の村しぐれ     杜國

芭蕉翁を宿し侍りて
霜寒き旅寝に蚊屋を着せ申      大垣住如行

雪のはら蕣の子の薄かな       昌碧

馬をさへながむる雪のあした哉    芭蕉

行燈の煤けぞ寒き雪のくれ      越人

芭蕉翁をおくりてかへる時
この比の氷ふみわる名残かな     杜國

陰士にかりなる室をもうけて
あたらしき茶袋ひとつ冬篭      荷兮

貞亨三丙鉛N仲秋下浣      寺田重徳板



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