芭蕉DB
机の銘
(元禄6年11月)
間なる時は
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、ひぢをかけて、とう焉吹嘘の気
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を養ふ。閑なる時は、書をひもどいて、聖意賢才の精神
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を探り、静なる時は、筆をとりて、羲・素の方寸に入る
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。たくみなす几案
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、一物三用をたすく
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。高さ八寸、おもて二尺、両脚に乾坤の二つの卦
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を彫り物にして、潜龍牝馬の貞に習ふ
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。これをあげて一用とせむや、二用とせんや
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。
嵐子の求めに応ず
元禄仲冬 芭蕉書
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一文は江戸の門人松倉嵐蘭<らんらん>の求めに応じて、彼の机の銘として書いたもの。
間なる時は:<しずかなるときは>と読む。暇な時の意。
とう焉吹嘘の気:心静かな心境
聖意賢才の精神:聖人・賢人の心
羲・素の方寸に入る:<ぎ・そ>と読む。羲は王羲之、素は懐素のこと。王羲之は楷書、懐素は草書の大家であった。
几案:<おしまづき>と読む。机のつくり。
一物三用をたすく:三様の使い方、すなわち沈思黙考・読書・書に使える。
乾坤の二つの卦:<あめつちにふたつのけ>と読む。乾と坤の二つの模様。乾は「潜龍用うることなかれ」、坤は「牝馬の貞によろし」の卦である。
潜龍牝馬の貞に習ふ:<せんりゅうひんばのていにならう>と読む。潜龍は池に潜んでいる龍が機の熟すのをじっと待っていること、牝馬の貞はおとなしく歩いていくことを含意する。
これをあげて一用とせむや、二用とせんや:「乾坤」で一つの効用と言うか、二つと言おうか、の意。