- 芭蕉DB
栖去の弁
(元禄5年2月 49歳)
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栖去の弁 ばせを
ここかしこ浮れ歩きて*、橘町*といふところに冬ごもりして、睦月、如月になりぬ。風雅もよしや是までにして、口を閉ぢむとすれば、風情胸中をさそひて、物のちらめくや*、風雅の魔心なるべし。なほ放下して栖を去り、腰にただ百銭をたくはへて、抂杖一鉢に命を結ぶ*。なし得たり、風情つひに薦をかぶらんとは*。
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伊賀から江戸に移り住んで以来最も長い期間、ここを離れていたから芭蕉にとっては久しぶりの江戸であった。その江戸の俳句文芸の世界は、益々元禄バブル経済に毒されて、金銭の横行する堕落世界であった。この一文は、そういう点取り俳諧業界への決別の辞でもあった。
物のちらめくや:混乱してしまうこと。
ここかしこ浮れ歩きて:『奥の細道』・『幻住庵の記』・『嵯峨日記』などをものしたこの2年余の間の旅の空を指す。
抂杖一鉢:<しゅじょういっぱつ>と読む。僧侶の杖と托鉢の鉄鉢のこと。転じて乞食行脚の意。
薦をかぶらんとは:薦をかぶるのは乞食のこと。