栗と呼ぶ一書、其味四あり。李・杜が心酒を嘗めて、寒山が法粥を啜る。これに仍つて、其句、見るに遥かにして、聞くに遠し。侘と風雅のその生にあらぬは、西行の山家をたづねて、人の拾はぬ蝕栗也。恋の情つくし得たり。昔は西施がふり袖の顔、黄金鋳小紫、上陽人の閨の中には、衣桁に蔦のかゝるまで也。下の品には、眉ごもり親ぞひ娘、娶姑のたけき争ひをあつかふ。寺の児、歌舞の若衆の情をも捨てず、白氏が歌を仮名にやつして、初心を救ふたよりならんとす。其語震動、虚実をわかたず、宝の鼎に句を煉って、龍の泉に文字を冶ふ。是必ず他のたからにあらず、汝が宝にして後の盗人を待て。
天和三癸亥年仲夏日 芭蕉洞桃青鼓舞書