芭蕉俳句集

存疑の部

(50音順)

(revised on 2014/03/16


 芭蕉の句として伝えられていながら誤伝されているものは極めて多い。偽造した上で眞作であると偽って金品に換えた詐欺まがいのものも多くあった。後世の研究によってふるい落とされたとはいえ、なお真贋の判定しがたいものが多数ある。それらをここに集めた。


曙や霧にうづまく鐘の声

暑き日や水ただよはず樹うごかず

油氷りともし火細き寝覚め哉

雨の矢に蓮を射る葦戦へり

鮎の子の何を行衛にのぼり船

霰やら花の雲やら煙やら

いさみたつ鷹引き据ゆる霰哉

いざ落花眼裏の埃払はせむ

稲妻や海に面をひらめかす

鶯や茶袋かかる庵の垣

うとまるヽ身は梶原か厄払ひ

馬士に落さるヽ身は木の子かな

海に降る雨や恋しき浮身宿

風薫る越の白根を国の花

からからと折ふしすごし竹の霜

刈り跡やものにまぎれぬ蕎麦の茎

勢ひあり氷消えては滝津魚

来てみれば獅子に牡丹の住居哉

ここも駿河むらさき麦のかきつばた

爰も三河むらさき麦のかきつばた

こだまぐさ呼ぶは山辺の柿の本

米のなき時は瓢に女郎花

さいかしの実はそのままの落葉哉

捧げたり二月中旬初茄子

しぐれ行くや船の舳綱に取り付きて

新麦や筍時の草の庵

すすはきや暮れゆく宿の高鼾

簟膾喰うたる坊主哉

頼むぞよ寝酒なき夜の古紙子

蝶鳥の知らぬ花あり秋の空

散る柳あるじも我も鐘を聞く

月の夜や汲まぬ野井戸も覗かるヽ

つつしみは花の中なる柊哉

当山は散りけるをこそ花盛り

鳴く鹿や似合はぬ角の二本まで

根は月に枯れてその芋殻や雪の飯

剥がれつヽ身には碪のひヾき哉

萩の露米つく宿の隣かな

初月や向ひに家のなき所

羽箒の妻もやあらん帰る雁

半日の雨より長し糸桜

火を焚いて今宵は屋根の霜消さん

東よりめぐむや梅の年男

昼見れば首筋赤きほたる哉

拾う年貰ひてもがなただくりう

富士に行き椿に隠れ家に出づ

降る雪の山に山をぞ重ねける

松島や夏を衣裳に月と水

見あぐれば 桜しまうて 紀三井寺

峰過す別れも鷹の眼かな

武蔵野に広ごる菊のひとかぶた

無常哉脂燭の煙破れ蚊帳

名月の夜や重々と茶臼山

門に入れば梅が香にほふ藪の中

山ざくら象戯の盤を片荷かな

山里はまた静かなる明けの春

山鳥よ我もかも寝ん宵まどひ

行くすゑは誰が肌ふれん紅の花

嫁はつらき茄子枯るヽや豆名月

我が黒髪撫で付けにして頭巾かな

我が宿の淋しさ思へ桐一葉


この句については近年芭蕉作であるとする説があるとされている。