土芳『横日記』
元禄2年
佐屋の舟廻り
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しに、有明の月入りはてて、美濃路・近江路の山々雪降りかかりていとをかしきに、恐ろしく髭生ひたる武士の下部などといふ者の、ややもすれば舟人を睨め怒るぞ、興失ふ心地せらる。桑名よりところどころ馬に乗りて、杖突坂引のぼすとて、荷鞍うちかへりて、馬より落ちぬ。ものの便なき一人旅さへあるを、「まさなの乗手や
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」と馬子には叱られながら、
徒歩ならば杖突坂を落馬かな
と云ひければ、季の詞なし。雑の句といはむも,又悪しからじ。
佐屋の舟廻り
:佐屋から桑名までの舟の旅。名古屋から出る場合には通常熱田から乗船するのだが,この時は風が荒かったのであろう、芭蕉は佐屋から乗船した。
まさなの乗手や
:どうしようもない乗り手だなあ、の意。