一句には勿論文芸的装飾があるにしろ、芭蕉の体力は既に往昔のものではなかったはずである。よろける姿が現実にあったかどうかは知らないが、見送った門人達すべてに、「今度こそ」という思いはあったであろう。力学的に全く頼りにならない「麦の穂」が、「頼られる」ところに切実さが極まっている。名句。
なお、見送りの門人の句はつぎのとおり。
刈り込みし麦の匂ひや宿の内 利牛
麦畑や出ぬけても猶麦の中 野坡
浦風やむらがる蝿のはなれぎは 岱水
以上『炭俵』
落着の故郷やちやうど麦時分 杉風
新茶ぞと笈の懸子に一袋 滄波
一休み樗の花や昼の辻 杏村
など
以上『別座舗』
神奈川県川崎市八丁畷(写真提供:牛久市森田武さん)